伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
そして、クレアの最大の疑問は、なぜ自分なのか、ということだ。

ライルほどの人物なら、結婚相手など引く手あまただろうし、彼にふさわしい令嬢ならたくさんいるはずだ。

どう考えても、自分ではない。

助けてくれたことは感謝してるけど……。ちゃんと話し合わなきゃ。

あの笑顔に流されずに、落ち着いて話が出来ますように。クレアは大きく息を吸い込んだ。





やがて、馬車が緩やかに止まった。

車窓のカーテンは閉め切ったままで、外の景色を眺める余裕もないほど考え事に没頭していたので、いつの間にかブラッドフォード邸の敷地内に入っていたことにも気付かなかったようだ。

馬車の扉が外側から開かれ、クレアは降り、目の前に広がる壮大な館に目を見張る。

……ええっ……すごく大きな……お屋敷……。

初めてアディンセル邸を見た時も、貴族の屋敷の大きさに驚いたものだが、ブラッドフォード邸はそれよりも更に大きく、一度見ただけでは視界に入りきらないほどで、その荘厳さにも圧倒された。

屋敷の前で立ち尽くして言葉を失っているクレアの元に、正面玄関から正装した一人の男性がやって来た。

「ようこそおいでくださいました。クレア様。私は執事のローランドと申します。以後お見知りおき下さいませ」

黒髪の、五十代半ばほどの男性が折り目正しくクレアに挨拶をした。

「は、はい。よろしくお願いします」

こんなに年上の人から丁寧な挨拶を受けて、緊張してしまったクレアは、顔をこわばらせながら返答した。

「主がお待ちです。どうぞ」

主、つまりこの家の当主、ライルのことだ。

ローランドに案内され、玄関ホールに入る。

そこは吹き抜けになっていて、左右の階段が対称的な曲線を描いて二階部分の踊り場で交わるようになっている。壁には金の額縁に入れられた絵画がずらりと並んでいた。

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