伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
紅茶の良い香りが、鼻孔をくすぐる。

そういえば、誰かにお茶を入れてもらうのって、久々だわ……。

母親が生きていた頃は、店で売れ残った茶葉を家に持ち帰り、よく二人でお茶を飲んだ。時々母が独自で茶葉をブレンドして、たまにとんでもない味になったこともあったが、それも幸せな思い出として、クレアの心に色褪せず残っている。

……やだ、少し思い出しちゃった……でも、泣いてはダメ。泣き顔なんて、見られたくないわ。

クレアは目から滴がこぼれないよう意識を集中させ、そんな彼女をライルはじっと見つめていた。




しばらく紅茶の味と香りを楽しんだ後、タイミングを見計らって、ローランドが口を開いた。

「クレア様。今日からクレア様付きのメイドとしてお仕え致します、ジュディでごさいます。当館で、十年以上働いております」

ローランドに紹介されたのは、クレアにお茶を出してくれたメイドだ。

「ジュディと申します。何なりお申し付け下さいませ」

ジュディは深々と頭を下げて、挨拶をした。赤みかがった茶色の髪を、後ろで一つにまとめている。

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

クレアも慌てて立ち上がって、お辞儀をした。
自分付きのメイドなんて、初めてのことで戸惑ってしまう。

「ああ、そうだ、ローランド」

ライルがおもむろに執事を呼んだ。

「はい、旦那様」

「クレアの家庭教師の手配を頼む。そうだな……まずはダンスと礼儀作法の教師を」

「えっ?」

クレアはライルの方を振り返った。

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