伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「とてもお美しゅうございますよ」

ジュディが鏡越しに微笑む。

「クレア様、いかがされました?」

ボーッと前方を見つめ、微動だにしないクレアを心配して、ジュディが控え目に声を掛ける。

「えっ……あ、いえ……。……着付け、ありがとうございます、ジュディさん」

すると、ジュディは微笑しながら、「とんでもございません」と、ゆっくりと首を横に振った。

「ジュディとお呼び下さって結構です。敬語も必要ございません」

「え、でも……」

クレアは困惑した。

「……私、本当は誰かにお世話をしてもらえるような身分じゃないんです。前の家でも、私付きのメイドはいませんでした。それに……」

ジュディは十年以上ここに勤めているということは、少なくとも二十代後半だろう。これまでの生活環境を考えても、歳上の相手に敬語を使わずに話すなんて、気が引けて出来そうもない。

「クレア様、それが私共の仕事なのです」

クレアの心情を感じ取ったのか、ジュディが言った。

「クレア様は、我が主である旦那様がお選びになった、大切なお方です。その方のご身上がどうであろうと、誠心誠意お仕え致します。ご心配には及びません」

「……そう……なんですか……?」

「はい。私共はこの仕事に誇りを持っております。少々のことで揺るぎは致しません。むしろ、お仕えしている方に妥当に扱われないということは、私共が仕事を全うしていないと見なされることになります」

「……それで、叱られたりします……?」

「場合によっては」

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