伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
クレアは唇をきゅっと引き結んで、考えた。

それを聞いたからといって、抵抗感が無くなったわけではない。でも、自分が原因で、周りの人間が叱られたりするのはもっと嫌だ。

「……分かりまし……分かったわ」

どの世界にも習慣やルールはある。ならばそれに従うほかない。

それと、自分はここで婚約者を演じているだけなんだから、という思いも、クレアの気持ちを少しだけ軽いものにしてくれた。

そうだ、自分の下で仕えてくれてると思うから、躊躇してしまうのよ。……友達と接してると思えば気が楽だわ。

「……これからよろしくね、ジュディ。私、その……貴族の生活とかよく分からないから、いろいろ教えてくれると嬉しいんだけど……」

「はい、もちろんでございます」

ジュディが再びにっこりと笑顔を見せ、クレアもホッとした。

クレアが椅子から立ち上がると、歩きやすいようにと、すかさずジュディがしゃがみこんでスカートの裾をサッとさばいてくれた。さすが、名門ブラッドフォード家に仕えるメイドだけあって機転が利く、とクレアが感心していると、ドアのノック音が耳に届いた。

別のメイドが現れて、ジュディに何か言付ける。

「旦那様が書斎でお待ちです」

戻ってきたジュディがクレアに告げた。


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