伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「……ライル様……何か良いことでもあったのですか……?」
その日の晩餐中、クレアは尋ねた。先ほどから、ライルがいつにも増して、ずっと上機嫌なのだ。
「ああ。久しぶりに美味しい果実を堪能したんだ」
にこやかにライルが答える。
「……果実……ですか?」
今日のメニューに果物を使った料理はあったかしら、とクレアは首を傾げた。それとも、外出先で何か美味しい物を口にしたのか。
「クレアはさっきから頬が赤いけど、大丈夫?」
ライルの問いに、ドキリとする。
「……ええと……ちょっと良い夢を見まして……」
クレアは答えながら、ライルから視線をそらした。
目覚めたのはちょうど晩餐が始まる前だった。
横にライルの姿は無かった。
……夢……。
少し寂しかったが、当然だと思った。
……そうか、夢だったんだわ……。ライル様と抱き合って眠るなんて、あるわけないし……。
ジュディに聞くと、図書室から自分を運んでくれたのはライルだと教えてくれた。
その事については、先ほどライルに礼を言った。
……夢だったけど、幸せだったな……。
目覚めた時、唇に柔らかい感触が残っていたように思ったが、きっと気のせいだ。
「その果物、私も食べてみたいです」
「うーん……クレアは食べる方じゃなく、食べられる方だから、無理なんじゃないかな」
「は……い……?」
キョトンと目を丸くするクレアを見て、ライルがククッと喉を鳴らして笑う。
ライルはそれ以上教えてくれなかったので、クレアも聞かなかった。
ただ、ライルの楽しそうな笑顔を見られただけで、クレアの心は満足だった。