伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
ドアを開けると、廊下から射し込む光で、部屋の中の様子がぼんやりと浮かび上がる。

それほどまでに、部屋の中は薄暗かった。

それもそのはず、全ての窓のカーテンは閉め切られ、外からの光は届かず、まだ昼間だというのに空気は冷たかった。

その中をメイドは進み、運んでいたクレアの小さなトランクを壁際に置くと、

「では、お食事の時間になりましたら、お呼びに上がります」

そう言うと一礼し、クレアの前から立ち去った。

一人になったクレアは、ぐるりと部屋を見渡した後、全てのカーテンと窓を開けた。

建物の裏庭の木々が窓際まで枝を伸ばし、緑の壁を作っているので、ここから景色を眺めることは出来ない。

だが、葉と枝の間から、春の爽やかな風が部屋に入り込み、それだけでクレアの心は少し軽くなったように感じた。

改めて部屋の様子を見る。

ベッドにテーブルと椅子、それほど大きくないワードローブ、と殺風景な部屋だが、おそらく昨日メイドが掃除をしてくれたのであろう、家具にホコリは付いていない。

それに、これまで暮らしていた部屋より、充分広い。

陽当たりは悪くても、ほとんど昼間はこの家にいないんだし、関係ないわ……。

クレアは、トランクを開くと、少ない荷物をワードローブにしまった。

……この家で、こき使われるわけじゃないんだし、住む場所が変わっただけで、お店も続けられるんだし、ありがたいことよね……。

クレアは窓際に立った。

穏やかな風が、クレアの頬をかすめる。

……大丈夫……どこでだって、頑張れる。だから、見守っていてね、お母さん……。






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