伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約

小さな嵐

クレアがブラッドフォード家に来てから二ヶ月が経過し、季節は初夏を迎えていた。

ライルにはこれまで通り、仮の婚約者として扱われているが、二人の間に特に進展は無く、相変わらず一定の距離感を保った関係が続いている。

かといって、ライルからのスキンシップが減ったわけではないのだが。




いつもと同じく、店を終えて伯爵家の馬車で帰宅後、自室でドレスに着替えて三つ編みをほどき、身支度を整えていると、

「旦那様がお戻りになられました」

とメイドが伝えに来た。

廊下を足早に進み、玄関ホールへ向かう。

階段の踊り場から玄関を見下ろしたクレアの足の運びが、ふと止まった。

すでに玄関に入って来ていたライルの姿が見えたのと同時に、彼の横に同じ年格好の青年が一人、立っていたからだった。

ライルがクレアの気配に気付き、顔を上げる。

「ただいま、クレア」

階段の下までライルが来てくれたので、クレアも再び彼の元へと急ぐ。

「お帰りなさいませ」

「うん、ただいま」

微笑んでライルはそう言うと、いつも通りクレアの頬に手を伸ばし、顔を近付けようとした。

だが、彼の背後から、連れの青年が興味深げに二人を見ていることに気付いたクレアは、恥ずかしくなって少し体を引く。

「……将来の夫より、他の男が気になるかい?」

「ち、違いますっ……」

そういうことではないと分かっているくせに、少し意地悪な言い方をするライルは、クレアが自分の手から逃れたことがやや不満らしい。

しかし、クレアの方も、内心穏やかではなかった。

……いくら演技でも、将来の夫、とか気を持たせるようなこと言わないで……っ!

と、文句を言いたくなるのをグッと抑える。

「……あの……お連れの方が見てらっしゃいますから……」

「ああ、彼とは外出先で偶然出会ってね。勝手に付いてきただけだから、気にしなくていいよ」

と言って、ライルは再びクレアに顔を近付ける。「え、ちょっと……」と、クレアは慌ててライルの肩を押し返した。



「無理です、気にします!」

「少しは気にしろよ!」



クレアと、その青年が叫んだのは、ほぼ同時だった。

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