この想いが届くまで
◇1◇

01 失恋

 早朝のオフィスビル。人気のないフロア内にあくびをしながら俯きがちに歩く彼女のヒールの音が響く。彼女の名前は槙村 未央(まきむら みお)。このオフィスビルに勤める会社員だ。未央はふいに立ち止まると通りがかった女子トイレへと入って行く。
 そして鏡に映る自分を目にして深いため息をついた。せっかくの白い肌は血色が悪くくすんで見える。黒目がちの瞳も軽く充血していてぷっくりとした涙袋の下にはうっすらとクマが出来ていた。
 未央は手にしていた化粧ポーチから化粧品を取り出すとメイク済みの上からさらにメイクを重ねていく。血色の悪い肌はチークでカバー。クマはコーンシーラーとパウダーでなんとかごまかした。充血する瞳には気休め程度にしかならないと思いつつ目薬をさす。最後に寝癖の残る肩下20センチほどのストレートの髪を手ぐしで少し乱暴に整えると、ここへ来た時よりは少しはマシになったと口元に笑みを浮かべた。でも鏡から目を移すとすぐに表情は曇り深いため息をついた。

 エレベーターに乗り目的の階で降りると営業部とプレートのついた扉を開け中へと入っていく。
 広いフロア内は50席ほどあって、いくつかの仕切りで分かれている。すでに席につき仕事をしている社員や、新聞や書物などを読んで定時までの時間を過ごしている社員がちらほらと目についた。
 未央が向かったのは営業一課。自分の席につくより前に、先に来ていた同僚の元へ行き声をかけた。
「おはよう。早いんだね」
「あぁ、槙村か。おはよう」
「外出予定でもあるの?」
「うん。朝礼前に出なくちゃなんなくて」
「そうなんだ」
 未央の同僚であり同期の遠藤 陽一(えんどう よういち)は、朝から爽やかな笑顔を見せると再び元から見ていたパソコンに目を向けた。
「何を見てるの?」
「社内メール。年末から正月休み中の交通事故の報告が総務から来てる。気を付けないとな~と思って」
「事故って……車? 遠藤君、普段車乗らないでしょ?」
「まぁ、そうだったんだけど……」
「なぁに? デートにでも使う予定が出来たとか?」
「べっつに~」
 遠藤ははぐらかすように言ってから、未央の様子を伺う。すると笑みを浮かべていた遠藤だったが不思議そうに首をかしげた。
「どうした? 元気ない?」
 未央ははっと小さく口を開くとそのまま口元に笑みを浮かべた。
「べっつに~?」
 そしてふざけるような態度でそう言って遠藤の笑いを誘うと、「あ、いっけない!」と何かを思い出すふりをして逃げるようにしてその場を立ち去った。

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