この想いが届くまで
「どうぞ、かけてください」
未央ははっとして、部屋の中へと足を進める。イスに座り、うるさい心臓をなんとか鎮めようと静かに深呼吸を繰り返す。
「槙村さん、そう緊張なさらないでくださいね。本日はこちらからの質問は少しで、あとは槙村さんから当社についての質問を受け付ける場です。いつも通りのあなたでのぞんでください」
「はい」
一次二次とは明らかに様子の違う未央を前に人事部長のフォローが入る。少しだけ未央の肩の力が抜ける。
「では最終面接をはじめます」
「広報部の神野です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「英語のコミュニケーション能力についてですが……」
神野の質問は主に即戦力になるかどうかの確認で、資格や経験についてを答えるものがほとんどで難しいものではなかった。ありのままを答えればよかった。
「ありがとうございました。私からは以上です。槙村さん、これからよろしくお願いしますね」
「はい。よろしくお願いします!」
人事部長が言っていたとおり、三つほどの質問で終わり、最後にこれからよろしくお願いしますと暗に合格を示すような言葉ももらえてほっとする。同時に、この最終面接は合否を判断するものではなく入社に向けての会社と自分の最終確認の場だという、最初に言っていた人事部長の言葉の意味をやっと理解した。
「それでは槙村さんの方から質問等ございますか? いろいろと聞いておきたいことや確認事項があればこの場で納得いくまで質問してください。特に今日は社長もおられる貴重な機会ですので、どうぞ、質問等あれば」
社長、その言葉に忘れていた緊張感が戻ってくる。視界にいれないことでなんとかごまかしていたけど、急にその存在感が増して、視線を向ければばっちりと目が合う。
「その前に、私の方から一ついいかな」
そのまま語り掛けられて目を合わせたまま体が硬直する。
「大手の化粧品メーカーに勤めていたようだけど、そこを辞めようと思ったのはなぜですか?」
ドクンと大きく鼓動が波打つ。
この会社だけではなく再就職するとなれば必ず聞かれる。一次二次の面接でも聞かれた。幾度となく答えてきたその質問も、西崎からの問いかけとなると訳が違う。彼は、未央が会社を去った本当の理由を知っているのだから。
「前職では営業部におりながらも電話対応やデータ管理など事務の仕事がメインでした。自社製品は大好きでしたが、多くの人にもっと知ってもらいと思っても、それを人に伝え、世に送り出す立場にいられないことで長年悔しい思いをしておりました。しかし異動の前例がなくステップアップするには職場を変えるしかなく、転職を決意しました」
目が合わせられない。でも動揺を悟られないよう必死に前を向いて、相手の首元に目を向けた。
「分かりました。最初は色々と慣れるまで戸惑うことも多いでしょうが、頑張ってください。期待しています」
丁寧な言葉遣いと優しい声色。そして表情。未央が知っている西崎とはまるで別人だった。いや、一夜限りの関係だ。どれが本当で何が正しいのかも分からない。それくらいの、他人と呼んでもおかしくないくらいの薄い関係だ。しかも意識しているのは自分だけのようだ。自分だけが気持ちを乱して馬鹿馬鹿しいな、そう思った時だった。
「ありがとうございます」
頭を下げ顔を上げた時に一瞬だけ、西崎が自分をまるで試しているかのような挑発的な笑みを浮かべたような気がした。
その後は予定通り、未央の質問を受ける形で時間は過ぎ、最終面接を終えた。
面接のあと、人事の社員に社内の見学、案内などをしてもらい未央が会社を出たのは夕方だった。
採用試験に合格したことは嬉しいが、実感が湧かない。無性に誰かと話をしたい気分だったが、全てをさらけ出し話せる相手、志津加は仕事が立て込んでいるようで都合がつかなかった。
とてもまっすぐに家に帰る気にはなれない。合格祝いに、一人で飲みにでもいこうか。
一人で飲める場所、そう考えふと脳裏に浮かび上がった場所。たった一度だけ足を踏み入れたことのある、前の職場の近くにあるバーだった。
未央ははっとして、部屋の中へと足を進める。イスに座り、うるさい心臓をなんとか鎮めようと静かに深呼吸を繰り返す。
「槙村さん、そう緊張なさらないでくださいね。本日はこちらからの質問は少しで、あとは槙村さんから当社についての質問を受け付ける場です。いつも通りのあなたでのぞんでください」
「はい」
一次二次とは明らかに様子の違う未央を前に人事部長のフォローが入る。少しだけ未央の肩の力が抜ける。
「では最終面接をはじめます」
「広報部の神野です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「英語のコミュニケーション能力についてですが……」
神野の質問は主に即戦力になるかどうかの確認で、資格や経験についてを答えるものがほとんどで難しいものではなかった。ありのままを答えればよかった。
「ありがとうございました。私からは以上です。槙村さん、これからよろしくお願いしますね」
「はい。よろしくお願いします!」
人事部長が言っていたとおり、三つほどの質問で終わり、最後にこれからよろしくお願いしますと暗に合格を示すような言葉ももらえてほっとする。同時に、この最終面接は合否を判断するものではなく入社に向けての会社と自分の最終確認の場だという、最初に言っていた人事部長の言葉の意味をやっと理解した。
「それでは槙村さんの方から質問等ございますか? いろいろと聞いておきたいことや確認事項があればこの場で納得いくまで質問してください。特に今日は社長もおられる貴重な機会ですので、どうぞ、質問等あれば」
社長、その言葉に忘れていた緊張感が戻ってくる。視界にいれないことでなんとかごまかしていたけど、急にその存在感が増して、視線を向ければばっちりと目が合う。
「その前に、私の方から一ついいかな」
そのまま語り掛けられて目を合わせたまま体が硬直する。
「大手の化粧品メーカーに勤めていたようだけど、そこを辞めようと思ったのはなぜですか?」
ドクンと大きく鼓動が波打つ。
この会社だけではなく再就職するとなれば必ず聞かれる。一次二次の面接でも聞かれた。幾度となく答えてきたその質問も、西崎からの問いかけとなると訳が違う。彼は、未央が会社を去った本当の理由を知っているのだから。
「前職では営業部におりながらも電話対応やデータ管理など事務の仕事がメインでした。自社製品は大好きでしたが、多くの人にもっと知ってもらいと思っても、それを人に伝え、世に送り出す立場にいられないことで長年悔しい思いをしておりました。しかし異動の前例がなくステップアップするには職場を変えるしかなく、転職を決意しました」
目が合わせられない。でも動揺を悟られないよう必死に前を向いて、相手の首元に目を向けた。
「分かりました。最初は色々と慣れるまで戸惑うことも多いでしょうが、頑張ってください。期待しています」
丁寧な言葉遣いと優しい声色。そして表情。未央が知っている西崎とはまるで別人だった。いや、一夜限りの関係だ。どれが本当で何が正しいのかも分からない。それくらいの、他人と呼んでもおかしくないくらいの薄い関係だ。しかも意識しているのは自分だけのようだ。自分だけが気持ちを乱して馬鹿馬鹿しいな、そう思った時だった。
「ありがとうございます」
頭を下げ顔を上げた時に一瞬だけ、西崎が自分をまるで試しているかのような挑発的な笑みを浮かべたような気がした。
その後は予定通り、未央の質問を受ける形で時間は過ぎ、最終面接を終えた。
面接のあと、人事の社員に社内の見学、案内などをしてもらい未央が会社を出たのは夕方だった。
採用試験に合格したことは嬉しいが、実感が湧かない。無性に誰かと話をしたい気分だったが、全てをさらけ出し話せる相手、志津加は仕事が立て込んでいるようで都合がつかなかった。
とてもまっすぐに家に帰る気にはなれない。合格祝いに、一人で飲みにでもいこうか。
一人で飲める場所、そう考えふと脳裏に浮かび上がった場所。たった一度だけ足を踏み入れたことのある、前の職場の近くにあるバーだった。