この想いが届くまで
 重厚な調度品が飾られた社長室に足を踏み入れたもののドア付近で立ち止まったまま未央は動けずにいた。中央にはL字のソファとテーブル。奥には社長机。そして広がる最上階からの夜景。ガラス張りのカーテンのない部屋は電気をつけなくてもお互いの表情が分かるくらいには明るい。

 西崎はデスクの明かりをつけた。

「すまないな。部屋の明かりをつけるとここに俺がいることがばれる。今日はもう仕事をする気にはなれないんだ」

「いえ……大丈夫です」

「そんなとこで立ち止まってないで入れば」

「あの、用件はなんでしょうか」

 未央はふと西崎の服装に気が付く。喪服である。法事かなにかの帰りだろうか。特に質問するつもりもなくそう思っていたら西崎が未央の視線に気が付いた。

「あぁ、これ。今日は一周忌だったんだ。……弟の」
「……え」

 弟の一周忌、と突然告げられて動揺して小さな声が漏れる。
 デスクの明かりに照らされた西崎の横顔は、何の感情も読み取れないただの無表情だった。じっと一点を見つめて淡々と告げる。

「弟と、恋人の。俺の弟と俺の恋人の」

 西崎は未央に視線だけを向けると口元にわずかに笑みを浮かべた。

「聞きたい? 君に負けず劣らずの悲恋話」

 突然のことに頭が働かない。ぼぅっとしたまま未央が何も言えないでいると、しばらく待って西崎はぽつりぽつりとゆっくりと語りはじめた。
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