この想いが届くまで
02 夜の社長室で2
「俺には五つ歳の離れた弟がいたんだ。子供の頃から可愛くて、仲も良かった。俺なんかよりもしっかりした奴で頭も良くて。悩みがあれば相談できる、頼れる弟だった」
離れた場所でじっと耳を傾けていると、西崎は突然デスクに飛び乗るように腰かけ正面から「もっと近くにこいよ」と手招きした。
静かな部屋といえど話をするのには確かに距離がある。恐る恐る足を踏み出すと、緊張感のない声が響く。
「君は? 兄弟は?」
「兄が……います」
「ふーん。確かに、妹っぽいな」
「……あの」
「あぁ、ごめん」
ガチガチに緊張している未央を招き入れるため気遣っての気の抜けた態度であることは分かったが、とても合わせる気にはならなかった。そんなに気楽に聞ける話ではない。未央はそう感じていた。デスクに腰掛ける西崎と2.3メートル程の距離で向かい合う。
未央の粛々とした態度に西崎は一度唇をきつく結び再びゆっくりと語り出す。
「婚約者も五つ年下で、子供の頃から知っている幼馴染だった。……妹みたいな存在で恋愛対象になんてなることないと思っていたけど。大人になって再会して、中身はあの頃のまま、驚くほど綺麗に成長していた」
そこまで話すと言葉を止め、じっと未央を見据えた。
「少し君に似てる。凛としてしかっりしていそうで、でも実はとても弱くて脆い。仕事の相談や悩み、恋愛のこと。色々なことを頼って相談してきてくれる彼女のことを、最初は子供の頃と変わらず妹のように思っていたけど次第に惹かれ恋人になって、俺が婆さんの会社を継いで社長になって落ち着いたら結婚の約束をしていた」
西崎は視線を床に落とし一点をじっと見つめた。
「でも、一年前に交通事故で亡くなった。居眠り運転をしていたトラックと正面衝突して、……運転席にいた弟と一緒に」
刹那、未央の脳裏に出会った日の西崎の涙が過ぎった。
『……すまない。好きな人と友人を同時に一度になくした君の気持ちが伝わってきて』
「なぜ、彼女と弟が一緒にいたと思う?」
「え……?」
西崎はなんでもないような顔をして、口元に少しの笑みを浮かべた。
「旅行に出かけていたみたいだ」
「旅行って……」
「彼女は、俺と別れて弟と一緒になるつもりだったみたいだ。他人から聞いた話だから……真実は、はっきりとは、もう分からないけど」
後頭部を殴られたかのような衝撃だった。
一瞬でも、この人も自分と同じ傷を負っているのだと酷い勘違いをしてしまった。美央は無意識に唇を噛み締めた。西崎は、「大好きな弟」と「大切な彼女」を同時に失ったのだ。それも、永遠の別れという形で。
「君があの日言っていた言葉、好きな人がいて、友達がいて、そんな毎日が突然なくなってしまうなんて。俺にはあの時痛いほど分かったよ」
西崎は床に足をつけ立ち上がると一歩、二歩と未央との差を縮めて向かう。そして頭を下げた。
「出会った日の、あの日の夜はごめん。弱ってる君に寄り添うフリをして、どうしようもない虚しさや寂しさを紛らわせたかったのは俺の方だ」
未央は無言でただ頭を横に振った。その勢いでいつの間にか目に溜まっていた涙がこぼれだした。
「次に会った時には、彼に未練を残しながら必死に前を向いて前に進もうとしている君の姿に背中を押されたような気持になったよ。俺は君と違ってまだ少しも前を向くことができていなかったから」
「泣くなよ」。そう言ってほほ笑む西崎の顔を見て、こんなにも無邪気に笑うことができる人なのだと、初めて見るその笑顔に未央は思わず見開いた瞳からまたポロポロと涙がこぼれた。
「一周忌が終わってさ」。西崎は背を向けると言葉を発しながら目下に夜景が広がる窓際まで歩いた。
「やっと気持ちの整理がついた気がする。現実を受け入れられた気がする。……ま、でも。もう恋愛はいいかな。あぁ、でもまた噂されるか?」
「もうゲイでもなんでもいいよ」。そう言ってまた先ほどと同じどこかいたずらな笑みを浮かべた。
離れた場所でじっと耳を傾けていると、西崎は突然デスクに飛び乗るように腰かけ正面から「もっと近くにこいよ」と手招きした。
静かな部屋といえど話をするのには確かに距離がある。恐る恐る足を踏み出すと、緊張感のない声が響く。
「君は? 兄弟は?」
「兄が……います」
「ふーん。確かに、妹っぽいな」
「……あの」
「あぁ、ごめん」
ガチガチに緊張している未央を招き入れるため気遣っての気の抜けた態度であることは分かったが、とても合わせる気にはならなかった。そんなに気楽に聞ける話ではない。未央はそう感じていた。デスクに腰掛ける西崎と2.3メートル程の距離で向かい合う。
未央の粛々とした態度に西崎は一度唇をきつく結び再びゆっくりと語り出す。
「婚約者も五つ年下で、子供の頃から知っている幼馴染だった。……妹みたいな存在で恋愛対象になんてなることないと思っていたけど。大人になって再会して、中身はあの頃のまま、驚くほど綺麗に成長していた」
そこまで話すと言葉を止め、じっと未央を見据えた。
「少し君に似てる。凛としてしかっりしていそうで、でも実はとても弱くて脆い。仕事の相談や悩み、恋愛のこと。色々なことを頼って相談してきてくれる彼女のことを、最初は子供の頃と変わらず妹のように思っていたけど次第に惹かれ恋人になって、俺が婆さんの会社を継いで社長になって落ち着いたら結婚の約束をしていた」
西崎は視線を床に落とし一点をじっと見つめた。
「でも、一年前に交通事故で亡くなった。居眠り運転をしていたトラックと正面衝突して、……運転席にいた弟と一緒に」
刹那、未央の脳裏に出会った日の西崎の涙が過ぎった。
『……すまない。好きな人と友人を同時に一度になくした君の気持ちが伝わってきて』
「なぜ、彼女と弟が一緒にいたと思う?」
「え……?」
西崎はなんでもないような顔をして、口元に少しの笑みを浮かべた。
「旅行に出かけていたみたいだ」
「旅行って……」
「彼女は、俺と別れて弟と一緒になるつもりだったみたいだ。他人から聞いた話だから……真実は、はっきりとは、もう分からないけど」
後頭部を殴られたかのような衝撃だった。
一瞬でも、この人も自分と同じ傷を負っているのだと酷い勘違いをしてしまった。美央は無意識に唇を噛み締めた。西崎は、「大好きな弟」と「大切な彼女」を同時に失ったのだ。それも、永遠の別れという形で。
「君があの日言っていた言葉、好きな人がいて、友達がいて、そんな毎日が突然なくなってしまうなんて。俺にはあの時痛いほど分かったよ」
西崎は床に足をつけ立ち上がると一歩、二歩と未央との差を縮めて向かう。そして頭を下げた。
「出会った日の、あの日の夜はごめん。弱ってる君に寄り添うフリをして、どうしようもない虚しさや寂しさを紛らわせたかったのは俺の方だ」
未央は無言でただ頭を横に振った。その勢いでいつの間にか目に溜まっていた涙がこぼれだした。
「次に会った時には、彼に未練を残しながら必死に前を向いて前に進もうとしている君の姿に背中を押されたような気持になったよ。俺は君と違ってまだ少しも前を向くことができていなかったから」
「泣くなよ」。そう言ってほほ笑む西崎の顔を見て、こんなにも無邪気に笑うことができる人なのだと、初めて見るその笑顔に未央は思わず見開いた瞳からまたポロポロと涙がこぼれた。
「一周忌が終わってさ」。西崎は背を向けると言葉を発しながら目下に夜景が広がる窓際まで歩いた。
「やっと気持ちの整理がついた気がする。現実を受け入れられた気がする。……ま、でも。もう恋愛はいいかな。あぁ、でもまた噂されるか?」
「もうゲイでもなんでもいいよ」。そう言ってまた先ほどと同じどこかいたずらな笑みを浮かべた。