この想いが届くまで
「じゃ、じゃあ私帰ります!」
「いつかきっと、何?」
 逃げだそうとする未央に、問いかけて引き留める。
「……ありきたりな言葉しか言えないんですけど、悲しい思いをした分、幸せになってほしいです……」
「その言葉そっくりそのまま返すよ」
「……わ、私には恐れ多いお言葉で……」
「急によそよそしくなるよな。いつも」
 西崎は「ま、仕方ないか」と小さな笑みを浮かべると「今日はありがとう」と言ってしっかりと未央を目を合わせてから背を向けた。
 未央は深々と頭を下げ「失礼します!」と告げ、靴音を響かせ足早にその場を立ち去った。
 目下に広がる夜景を見つめる西崎の表情はとても穏やかで、その日は自宅で一人昔を思い出しながら酒を飲んだ。失った悲しみ、裏切られた苦しみはすぐには癒えなくても、久しぶりに声を出して笑えた事実に一歩前に進めた気持ちになれた。
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