この想いが届くまで

03 あたなのことが知りたい1

 西崎は弟と恋人を亡くした日から寝る前に酒を飲むようになった。飲まないとなかなか寝ることができなかったからだ。そんな日々が続いていたが、未央と社長室で会話したその日から、徐々に酒の量が減り飲まなくても眠れる日もあった。
 この日は久々に懐かしい夢を見た。

 西崎弘斗には彰浩という五つ歳の離れた弟がいた。歳が離れているため子供の頃から喧嘩をすることはなかったし、兄は弟を可愛がり、弟は兄を慕った。
「なぁ、俺よりもおまえが社長やったほうがいいんじゃないか?」
「またそんなこと言って。どうせ兄ちゃんはやりたくないだけだろ?」
 海外の一流大学で経営学を学んだ弘斗は卒業後日本に戻り外資系企業に就職をした。数年後、独立、起業を考えていたこの頃に祖母が創業した会社社長に指名された。
「どうせ近いうち会社辞めて社長やるつもりだったんだろ? 一緒じゃん」
「いやいや、俺は別に社長になりたいわけじゃないし、そもそもやりたいことが全然違う……」
「事業なんてやり方次第でいくらでも広げられるさ。俺がサポートするし」
「心強いな。さすが学生のうちに起業した男は違うな」
 お互いにリラックスした部屋着で過ごす昼下がり。互いに自立して実家を出て一人暮らしをしていたが、休日には弟がよく兄の家を訪ねてお互いに近況を報告し合う仲のいい兄弟だった。
「陽菜(ひな)もすごい喜んでたじゃん。あいつ、おばあちゃんのブランド大好きだし。就職試験受けるくらいに。落ちたけど」
「ははっ」
 浅見陽菜は彰浩と幼稚園からの同級生で二人にとっての幼馴染だ。そして弘斗の恋人である。よくある憧れのお兄ちゃん的存在だった弘斗に先に恋に落ちたのは陽菜だった。陽菜は子供の頃は全く相手にされなかったが、大人になって再会すると少しずつ距離を縮め長年の思いを実らせたのだ。
 スマホが鳴り席をはずした弘斗は戻ってくるなり申し訳なさそうに彰浩尋ねた。
「なぁ、悪いんだけど15時頃陽菜駅まで迎えにいけるか?」
「また? 仕事?」
「あぁ、悪い。終わったら必ず迎えに行くから。頼む!」
「……そう言ってこの間こなかった。おかげで陽菜の買い物に1日振り回されたんだっけ……」
 彰浩は文句を言いながらも「分かったよ。仕方ないな」と言って笑った。困ったら助け合う、そんなことが二人の間では当たり前のことだったのだ。
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