この想いが届くまで
未央が会社を出たのは午後八時だった。
年が明け出社してから三日目だがまだ休み中に溜まった仕事に追われているためだ。本当なら一秒でも早く会社を退社したい。でも、家に帰って一人になるのはもっと嫌だ。
未央は会社からほど近い場所にある、何度か目にはしていたが一度も立ち寄ったことのないバーへ入った。
店内は薄暗く落ち着いた雰囲気のそのバーは五名ほどのカウンター席とテーブル席が二脚のこじんまりとしたバーだった。今日が月曜日で店が開店直後ということもあるかもしれないが未央以外に客はおらず、未央は一番奥のカウンター席に座った。
「すぐに酔える、強めのものをお願いします」
カウンター越しの店員にそれだけ告げると灰皿を手に取ってバッグから取り出したタバコに火をつけた。最初はむせかえりそうになるのを我慢しながら、それでも吸い続けているとやがて慣れてくる。
最近肌の調子が悪いのは、寝不足と酒、そしてこのタバコであることは分かっていたけどしばらくは止められそうにない。
カクテルが手元へ置かれるとタバコの火を消した。爽やかなブルーをしているがテイストは辛口でアルコール度数も25度以上の強めのものだった。それをゆっくりと飲み干すと、あっという間に未央の血色の悪かった頬は赤く染まり酔いがまわったのが一目見て分かる。
「同じものをもう一杯」
そう注文したと同時に、隣に座る人の気配。
「何でもいい、強めの酒を頼む」
未央がゆっくりと隣に目を向けると、そこにはスーツを着た会社帰りであろう会社員の姿があった。
「お兄さんも酔いたいの?」
すでに酔いがまわっていた未央はためらいなく隣の男に声をかけた。男らしく正統派な顔立ちで凛とした目鼻立ちをした男は、ゆっくりと未央の方へ振り向くと口角を上げ頷いた。
「君はもう酔っているようだけど。大丈夫? 明日も仕事だろ?」
「別に……会社なんて。近々辞表を出そうと思っているし」
頬杖をつき虚ろな瞳で前を見据える未央の顔を男は興味深くじっと見つめている。
二人のもとへ順番に酒が届く。男はグラスを手にすると未央のグラスに向けて傾けた。未央は自分のグラスを男のグラスに軽く当てるとまた早いペースでグラスを空けていく。
「話、聞くよ? せっかくこうして隣に並んでるのだから」
未央は飲み干したグラスを少し乱暴に置くと俯きグラスを握りしめたまま言った。
「会社の同期でした、二人とも……。ずっと好きだった人と、ずっとその好きな人とのことを応援してくれていた親友。その二人が去年の暮れ、突然付き合うことになったと聞いたのは……彼女の方からだった」
未央は顔を上げ力なく笑った。
「驚いた。二人と仲が良かったし、そんなそぶり全然なくて……いつ、どうやってそうなったのかも分からなくて。なにより、ずっと隣で応援してくれてた、親友だと思って信じて何でも話して相談していた彼女からいきなり交際の事実を告げられるとは思ってなかった。結構……いい感じだったんだよ、私と彼。彼と二人で会うこともちょくちょくあって、外ではお互いに名前で呼び合って……近々、勇気を出して告白しようかなって。そう、彼女にも相談していた」
口寂しくなった未央は再びタバコを手に取ったけど、止めるようにその手にそっと隣の男の手が添えられ、突然の温もりに目頭が熱くなるのを感じてまた俯いた。
年が明け出社してから三日目だがまだ休み中に溜まった仕事に追われているためだ。本当なら一秒でも早く会社を退社したい。でも、家に帰って一人になるのはもっと嫌だ。
未央は会社からほど近い場所にある、何度か目にはしていたが一度も立ち寄ったことのないバーへ入った。
店内は薄暗く落ち着いた雰囲気のそのバーは五名ほどのカウンター席とテーブル席が二脚のこじんまりとしたバーだった。今日が月曜日で店が開店直後ということもあるかもしれないが未央以外に客はおらず、未央は一番奥のカウンター席に座った。
「すぐに酔える、強めのものをお願いします」
カウンター越しの店員にそれだけ告げると灰皿を手に取ってバッグから取り出したタバコに火をつけた。最初はむせかえりそうになるのを我慢しながら、それでも吸い続けているとやがて慣れてくる。
最近肌の調子が悪いのは、寝不足と酒、そしてこのタバコであることは分かっていたけどしばらくは止められそうにない。
カクテルが手元へ置かれるとタバコの火を消した。爽やかなブルーをしているがテイストは辛口でアルコール度数も25度以上の強めのものだった。それをゆっくりと飲み干すと、あっという間に未央の血色の悪かった頬は赤く染まり酔いがまわったのが一目見て分かる。
「同じものをもう一杯」
そう注文したと同時に、隣に座る人の気配。
「何でもいい、強めの酒を頼む」
未央がゆっくりと隣に目を向けると、そこにはスーツを着た会社帰りであろう会社員の姿があった。
「お兄さんも酔いたいの?」
すでに酔いがまわっていた未央はためらいなく隣の男に声をかけた。男らしく正統派な顔立ちで凛とした目鼻立ちをした男は、ゆっくりと未央の方へ振り向くと口角を上げ頷いた。
「君はもう酔っているようだけど。大丈夫? 明日も仕事だろ?」
「別に……会社なんて。近々辞表を出そうと思っているし」
頬杖をつき虚ろな瞳で前を見据える未央の顔を男は興味深くじっと見つめている。
二人のもとへ順番に酒が届く。男はグラスを手にすると未央のグラスに向けて傾けた。未央は自分のグラスを男のグラスに軽く当てるとまた早いペースでグラスを空けていく。
「話、聞くよ? せっかくこうして隣に並んでるのだから」
未央は飲み干したグラスを少し乱暴に置くと俯きグラスを握りしめたまま言った。
「会社の同期でした、二人とも……。ずっと好きだった人と、ずっとその好きな人とのことを応援してくれていた親友。その二人が去年の暮れ、突然付き合うことになったと聞いたのは……彼女の方からだった」
未央は顔を上げ力なく笑った。
「驚いた。二人と仲が良かったし、そんなそぶり全然なくて……いつ、どうやってそうなったのかも分からなくて。なにより、ずっと隣で応援してくれてた、親友だと思って信じて何でも話して相談していた彼女からいきなり交際の事実を告げられるとは思ってなかった。結構……いい感じだったんだよ、私と彼。彼と二人で会うこともちょくちょくあって、外ではお互いに名前で呼び合って……近々、勇気を出して告白しようかなって。そう、彼女にも相談していた」
口寂しくなった未央は再びタバコを手に取ったけど、止めるようにその手にそっと隣の男の手が添えられ、突然の温もりに目頭が熱くなるのを感じてまた俯いた。