この想いが届くまで
 その日はレストランでの食事を終えたら現地解散だった。なんてスマートな合コンだろうと未央は思う。
 駅に向かう途中赤信号で立ち止まり、ジャケットのポケットに手を入れた。ポケットには名刺が一枚入っていた。レストランの外に出て挨拶をした別れ際、未央の向かいに座っていた男性からいただいたものだ。
「もっと未央ちゃんのこと知りたいと思って。君も……少しでも俺に興味あったら連絡ください」
 彼の印象としては、よかったと思う。物腰柔らかな好青年。まずはお友達から、と気合を入れて家を出てきたもののはっきりとした好意を向けられたらそれに応えていいものかと悩む。
 信号が青になってポケットに名刺をしまって再び足を進める。角を曲がったところで広い通りの路肩に停まる高級車が目に入った。どんな人が降りてくるのだろうと歩きながら見ていたら向かいの料亭から男女二人が出てきて、未央の目の前を通ってその高級車の前で立ち止まった。
 予想外の人物に驚いて、未央は静かにくるりと体の向きを変えると街路樹の陰に隠れた。
「今日は楽しかったわ。次は迎えをよこすから、あなたも一緒に飲みましょう。仕事の話は抜きで」
「えぇ、ぜひ」
「それじゃ」
 凛とした女性が颯爽と車に乗り込むと車はゆっくりと動き出した。車が走り去ったのを確認して街路樹から身を乗り出すと何かにぶつかった。
「わっ……!」
「やっぱり君か。よく会うな」
 ぶつけた顔を両手で抑えて見上げるとそこには西崎の姿があった。料亭から女性と一緒に出てきた男性は西崎で、思わず未央は身を隠してしまったのだ。そんな未央の姿に西崎はすぐに気が付いていた。
「一瞬誰だか分からなかったけど……」
 いつもとは違う雰囲気のメイクや服装、髪形の未央をまじまじと見る。
「あ、えっとこれは……会社の人と食事に行って……」
「ふーん?」
「し、社長も、お食事ですか!?」
「あぁ。仕事で。女社長とその部下と」
「そうですか、お疲れ様です……」
「……」
「……」
 未央は少しの沈黙にも耐えられなくなり「それじゃ、失礼します」とすぐにその場を立ち去ろうとしたが「ちょっと待った」と呼び止められてしまう。
「君に次会ったら何か話さなきゃと思っていたことがあったんだけど……なんだったけな」
「……はい?」
「これからの予定は? もしかして帰ることろか?」
「はい……」
「分かった。じゃあ家まで送る」
「はい!?」
 なぜ!? と心の中の問いかけ唖然としているとまったく違った答えが返ってきた。
「あの女社長酒豪でさ。会うとかなり飲まされるから彼女がいる会食は必ず自分で運転してくることにしてるんだ」
「大変……ですね?」
「何してる。早くこいよ。こっちだから」
 どうやら、自宅まで送ってもらうことは彼の中では決定事項のようだ。断る理由も言い訳も思い浮かばず、未央は西崎のあとを追った。
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