この想いが届くまで
「未央……俺さ、理沙から全部聞いた。二人の間で何があったか」
「え……?」
「半年くらい前だっけ。未央と偶然会った日。雨が降ってた日。覚えてる?」
「う、うん……」
 全部、ということは未央と理沙の間で起こった女同士の争いのことだろう。
 そうか、遠藤は自分の過去の恋心を知っているのか。あれだけ伝えることができなかった気持ちがこんな形であっさりと伝わってしまっていたのだ。
 未央は一瞬動揺はしたもののすぐに冷静になれた。
「もう、全部過ぎた話だよ。忘れて?」
 未央のすっきりとした笑顔を見て遠藤もほっとする。もう吹っ切れていることが分かる表情だった。
「私、今になって思うんだ。私は恋やオシャレや……あの時の私は仕事よりも他のことに夢中で。仕事に一生懸命な理沙をみていつもすごいなって思ってた。それに……理沙は自分の気持ち抑えて一生懸命仕事で上目指してやってたわけじゃん。それなのに毎日のように浮かれてる私の恋愛相談、聞くの嫌だっと思うよ。つらかったと思う。私、ひどいことしてたよね。嫌われて当然だよ」
「それは……仕方ないよ。理沙の気持ち知らなかったんだろ? それに理沙は未央のこと嫌ってなんかいないって。……別に理沙をかばうわけじゃないけど」
「いやかばうべきだよ。彼女なんだから」
「……俺にとって未央も同じくらい大切で、もし未央の気持ち知ってたら俺はどっちも選ばなかった」
「ということは? どっちにしろ私は振られたわけだ」
「おまえその言い方……」
「別にいいよ? 私はもう、遠藤君のことなんて全然好きじゃないし?」
 歯を見せて無邪気に笑う未央に少しの寂しさを感じたものの、自分の知っている未央があの頃と変わらないまま笑ってくれることが遠藤は嬉しかった。
「あとどっちも選ばなかったなんて言わないで。私はいいけど理沙の気持ち考えてよ」
「さっきからなんか理沙をかばうけど。……なぁ、また理沙と」
「それは無理」
 手に持った水の入ったグラスをじっと見つめながら未央はきっぱりと言い放つ。
「理沙と元のように戻るのは無理。全部水に流せてもそれだけは……ごめんね」
「……分かった。もう言わない」
「うん。……あ、席時間制限あるんだった。早く食べないと」
 話に夢中になりすぎてすっかり冷めてしまった食事に戻るが、お互いに次々と話したいことが思い浮かんであっという間のひと時だった。

 店を出ようとテーブルに置かれた伝票を先に手に取ったのは未央だった。
「私払うよ」
 そう言って立ち上がると足元がふらついてまた座ってしまった。
「どうした?」
「……あぁ、ごめん。なんかふらついちゃった」
「酒飲んでないのに? 大丈夫か?」
「うん」
 未央が再びしっかり立ち上がって安心すると遠藤は伝票を未央の手から奪った。
「誘ったの俺だから、いいよ」
「私先月の残業がんばったから。いいって、払わせて?」
「だめだって」
 はたから見たらとても仲のいい男女。でもそこに甘い雰囲気はまったくなく、どっちが上か下か分からないきょうだいのような関係性に見えるだろう。
 結局会計は遠藤が済ませ、最寄りの駅の入口まで来るとここでお別れだ。
「じゃあ、またな。久しぶりに話せてよかった」
「うん、ありがとう。楽しかった」
「あ。さっき聞きそびれちゃったんだけど。未央さ、さっき恋人も好きな男もいないって言ってたけど……じゃあ、あの雨の日に一緒にいた男は誰?」
「えっ」
 どきっと胸の鼓動が大きく響く。
「あの男性(ひと)は……ちょっとした知り合いというか」
「へぇ……ま、いいや。今度、教えて」
「わ、わかった……」
「よし、約束な」
 手を振って立ち去る遠藤を少し見送ってから自分が乗る電車のホームへ向かった。
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