この想いが届くまで
花岡奈津子は製品企画部部長で年齢は五十代半ば、家庭と育児を両立させながらキャリアも積み重ねてきた女性ワーカーだ。出張の目的はまったく別だったが、現地の空港で偶然居合わせた花岡を含む社員と帰りの飛行機が一緒だったのだ。
「今日は百瀬さん一緒じゃないんですね」
「はい。休んでもらってます」
「百瀬さんの鉄壁ガードで社内では社長とは話せないからあの子たち……さっきはごめんなさいね」
花岡の独特の言い回しに思わず笑ってしまう。
「鉄壁ガードか。確かに。ちょっと過剰じゃないかなと思ってますけど」
「仕方ないですよ。前の社長の時に当時の上層部は相当振り回されたって聞いています。度々の社内不倫、奥様の自殺未遂、離婚、妊娠……最後は殺害予告」
「……改めて聞くと壮絶ですね」
「会社のイメージを守るため外部には一切漏れないようにしたみたいですけど……一部、私とか。噂程度に知ってる社員はいます。私は先代の、あなたのおばあ様に憧れてこの会社に入社しましたし、百瀬さんも若い頃とてもお世話になったと言っていたし……守りたいんですよ。気持ちは分かります」
「……そうですね」
「あ、でも過剰というのはその通りだと思います。社長は誠実な方だと言うのは誰でも接してみれば分かるし、独身でまだ若い。恋愛くらいいくらでもしたっていいと思いますよ。……だから」
「お断りします」
「んもう! 最後まで言わせて下さいよ!」
「“私の娘はどうですか?“ 今日はいつ来るかと思ってました。娘さんまだ十代ですよね」
笑い合う二人の様子から、冗談を言えるよい関係が築けているのが分かる。西崎は口元に笑みを浮かべたまま首を横に振った。
「俺のどこがいいのでしょうか。なんだか周りは俺のことを過大評価しすぎてると感じるんです。さっきおっしゃった……誠実でもないし間違えることもある」
「あら意外。社長にも弱い部分がおありで?」
「もちろん」
「もしそうなら……社長みたいな人には弱い部分を全部見せられる相手がいいと思いますよ」
タクシー乗り場を目前にゆっくりと二人の足が止まり、「それでは、私はこちらで失礼します」と言って花岡は頭を下げ立ち去って行った。
情けなく弱い部分をすべてさらけ出してしまっている女性ならすでにいるな、と思い浮かぶ女性に連絡をしようとスマホを手に電源をオンにすると一件のメッセージを受信する。その相手の名前を見て密かに喜びを感じ、短いたった一文のメッセージについ口元が緩んでしまった。
「今日は百瀬さん一緒じゃないんですね」
「はい。休んでもらってます」
「百瀬さんの鉄壁ガードで社内では社長とは話せないからあの子たち……さっきはごめんなさいね」
花岡の独特の言い回しに思わず笑ってしまう。
「鉄壁ガードか。確かに。ちょっと過剰じゃないかなと思ってますけど」
「仕方ないですよ。前の社長の時に当時の上層部は相当振り回されたって聞いています。度々の社内不倫、奥様の自殺未遂、離婚、妊娠……最後は殺害予告」
「……改めて聞くと壮絶ですね」
「会社のイメージを守るため外部には一切漏れないようにしたみたいですけど……一部、私とか。噂程度に知ってる社員はいます。私は先代の、あなたのおばあ様に憧れてこの会社に入社しましたし、百瀬さんも若い頃とてもお世話になったと言っていたし……守りたいんですよ。気持ちは分かります」
「……そうですね」
「あ、でも過剰というのはその通りだと思います。社長は誠実な方だと言うのは誰でも接してみれば分かるし、独身でまだ若い。恋愛くらいいくらでもしたっていいと思いますよ。……だから」
「お断りします」
「んもう! 最後まで言わせて下さいよ!」
「“私の娘はどうですか?“ 今日はいつ来るかと思ってました。娘さんまだ十代ですよね」
笑い合う二人の様子から、冗談を言えるよい関係が築けているのが分かる。西崎は口元に笑みを浮かべたまま首を横に振った。
「俺のどこがいいのでしょうか。なんだか周りは俺のことを過大評価しすぎてると感じるんです。さっきおっしゃった……誠実でもないし間違えることもある」
「あら意外。社長にも弱い部分がおありで?」
「もちろん」
「もしそうなら……社長みたいな人には弱い部分を全部見せられる相手がいいと思いますよ」
タクシー乗り場を目前にゆっくりと二人の足が止まり、「それでは、私はこちらで失礼します」と言って花岡は頭を下げ立ち去って行った。
情けなく弱い部分をすべてさらけ出してしまっている女性ならすでにいるな、と思い浮かぶ女性に連絡をしようとスマホを手に電源をオンにすると一件のメッセージを受信する。その相手の名前を見て密かに喜びを感じ、短いたった一文のメッセージについ口元が緩んでしまった。