この想いが届くまで
「あ、ああああの……!?」
「その社長っていうのやめてくれない? 特に外でそう呼ばれると……怪しい関係に見えないか?」
「すぐには難しいです……!」
「やめてくれるまで離さない」
「!」
 首筋に唇を押し当てられて背中を震わせる。
「やめてくれる?」
「そっ、そこでしゃべらないで下さい……!」
 吐息が触れてゾクゾクとしたくすぐったさに未央は足から崩れ落ちてしまいそうになるのを必死に耐える。
「わかりました! ……西崎弘斗さん!」
「なんでフルネーム……ん? 知ってた?」
「知ってますよ……会社にいればよく目にしてるので。だからその……なんだかまだ信じられないです。今、こうして一緒にいることが……」
「信じられないって、昨夜寝たのに?」
「そ、そんなはっきり言わないでください……」
 未央の顔が真っ赤になるとやんわりと抱きしめる腕の力を抜いて西崎は未央の肩越しに顔を覗きこんだ。
「体、平気?」
「……え?」
「……初めての時、優しくできなかった」
「あ……」
 ほろ苦い夜の記憶。あの時はお互いに自暴自棄になって相手を、自分を傷つけるような行為しかできなかった。
 ゆるんだ腕の中で未央は振り返って、ゆっくりと控えめに目の前の胸にぴたっと自分の頬をくっつけた。
「とっても……良かったです。優しくしてくれて甘くてずっとドキドキして……とっても幸せでした」
 言いながら未央が顔を上げようとすると、それを阻止するように西崎は未央を腕の中に閉じこめる。
「それなら、よかった」
 そう、いつも通りの声が未央の耳に届く。抱きしめられながら頭を撫でられ、未央は自分も腕を回してぎゅっと抱き着いて幸せを噛みしめる。
 西崎はというと、未央の髪に触れながら彼女を愛おしく思うと同時に、なんだか頬が熱い気がして今はとても顔を見られたくないと思いながら片手で顔を覆った。
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