この想いが届くまで
朝の社長室。西崎はソファに座って百瀬から口早に告げられる一日のスケジュールをぼんやりと聞いていた。
「……以上になります。どうされました? しっかりお休みになられなかったのですか? いつもなら二日もあれば時差の調整も完璧なはずですが」
「別にいつも通りだけど」
少しだけ気だるそうな雰囲気と、いつもは自宅からきっちりと整えられている服装もジャケットは着用せずノーネクタイ。百瀬の目から見ていつも通りでないことは確かだったが、表情はすっきりと晴れやかに見えた。
「槙村未央」
何の前触れもなく突如百瀬から告げられた名前。だがそれに西崎は特に反応を見せることなく、むしろそう来るのが分かっていたかのように「彼女が何か?」と落ち着いた様子で言って百瀬を見た。
「この間、土屋との件で顔を合わせその後車にお乗せした時どこかで見たことあるなと思って調べました。以前お会いした時はうちの社員ではありませんでしたね」
「元々ちょっとした知り合いだった。その後お互い何も知らずに彼女は転職して今偶然同じ会社にいるだけだ。俺が手引きしたとでも?」
「いいえ。採用に社長は関与していませんしあなたのことは信用していますよ。ただ、この間の会社の駐車場で待ち合わせて同じ車というのは他の社員に見られたらどうするおつもりで? 彼女にも迷惑がかかりますよ」
「あれは、ごめん。もうしない。だからそっとしておいてくれないか」
「プライベートに口出しをするつもりはありません」
「うん」
話が途切れ、西崎は時計を見て服装を正そうと立ち上がった。百瀬が静かに口を開いた。
「陽菜様のことはもうよろしいのですか?」
西崎は動作を止めて視線を落として口を閉じた。
百瀬は事情を知る数少ない人物の一人だ。自分や他人の前で感情を表に出すことはなく、何事もないように過ごしてきた西崎の心情を本人から直接聞いたことはなかったが、その気持ちは容易に想像できた。
「百瀬もやっぱり、俺が陽菜に裏切られて傷ついたと思ってる?」
「……」
「俺が辛かったのは最初からそこじゃなかった」
言葉の真意が見えずハテナマークを浮かべる百瀬に向かって、西崎は笑みを見せる。
「俺はもう大丈夫だ。新しい女性がいるから大丈夫なんじゃなくて、もう大丈夫だから一人の女性を大切にしたいって思えてる」
吹っ切れた表情に嘘はないと思えた。百瀬は
「……珍しいですね。ご自分の気持ちをお話になるのは」
「感謝してるんだ。百瀬が俺に気を遣ってくれてることは分かってたよ。時々よく知りもしない女性をくっつけようとしてくるのは正直迷惑だったけど。でも、俺に前向きな意味で言ってくれてたのは分かってたよ。ありがとう」
「……できれば、社員に手を出すのは止めていただきたかったです」
「いいなと思った人がたまたま社員だっただけだ」
「そうですか」
再び会話が途切れ、百瀬は時計で時間を確認した。
「そろそろ出ましょう。いいかげんネクタイをして下さい」
「忘れた。貸してくれる?」
「……まったく。予備をお持ちします」
西崎の珍しい気の緩みにため息をつきながらも、百瀬の表情はどこか安心したように嬉しそうだった。
「……以上になります。どうされました? しっかりお休みになられなかったのですか? いつもなら二日もあれば時差の調整も完璧なはずですが」
「別にいつも通りだけど」
少しだけ気だるそうな雰囲気と、いつもは自宅からきっちりと整えられている服装もジャケットは着用せずノーネクタイ。百瀬の目から見ていつも通りでないことは確かだったが、表情はすっきりと晴れやかに見えた。
「槙村未央」
何の前触れもなく突如百瀬から告げられた名前。だがそれに西崎は特に反応を見せることなく、むしろそう来るのが分かっていたかのように「彼女が何か?」と落ち着いた様子で言って百瀬を見た。
「この間、土屋との件で顔を合わせその後車にお乗せした時どこかで見たことあるなと思って調べました。以前お会いした時はうちの社員ではありませんでしたね」
「元々ちょっとした知り合いだった。その後お互い何も知らずに彼女は転職して今偶然同じ会社にいるだけだ。俺が手引きしたとでも?」
「いいえ。採用に社長は関与していませんしあなたのことは信用していますよ。ただ、この間の会社の駐車場で待ち合わせて同じ車というのは他の社員に見られたらどうするおつもりで? 彼女にも迷惑がかかりますよ」
「あれは、ごめん。もうしない。だからそっとしておいてくれないか」
「プライベートに口出しをするつもりはありません」
「うん」
話が途切れ、西崎は時計を見て服装を正そうと立ち上がった。百瀬が静かに口を開いた。
「陽菜様のことはもうよろしいのですか?」
西崎は動作を止めて視線を落として口を閉じた。
百瀬は事情を知る数少ない人物の一人だ。自分や他人の前で感情を表に出すことはなく、何事もないように過ごしてきた西崎の心情を本人から直接聞いたことはなかったが、その気持ちは容易に想像できた。
「百瀬もやっぱり、俺が陽菜に裏切られて傷ついたと思ってる?」
「……」
「俺が辛かったのは最初からそこじゃなかった」
言葉の真意が見えずハテナマークを浮かべる百瀬に向かって、西崎は笑みを見せる。
「俺はもう大丈夫だ。新しい女性がいるから大丈夫なんじゃなくて、もう大丈夫だから一人の女性を大切にしたいって思えてる」
吹っ切れた表情に嘘はないと思えた。百瀬は
「……珍しいですね。ご自分の気持ちをお話になるのは」
「感謝してるんだ。百瀬が俺に気を遣ってくれてることは分かってたよ。時々よく知りもしない女性をくっつけようとしてくるのは正直迷惑だったけど。でも、俺に前向きな意味で言ってくれてたのは分かってたよ。ありがとう」
「……できれば、社員に手を出すのは止めていただきたかったです」
「いいなと思った人がたまたま社員だっただけだ」
「そうですか」
再び会話が途切れ、百瀬は時計で時間を確認した。
「そろそろ出ましょう。いいかげんネクタイをして下さい」
「忘れた。貸してくれる?」
「……まったく。予備をお持ちします」
西崎の珍しい気の緩みにため息をつきながらも、百瀬の表情はどこか安心したように嬉しそうだった。