同期と同居~彼の溺愛中枢が壊れるまで~
彼は誰もこちらに注目していないことを確認し、手元の資料の空白の部分にさりげなくペンを走らせる。
【隣の人から】
角張った字で書かれたそれじっと見つめて瞬きをしたあと、控えめに比留川くんの向こう側に座る人物を覗く。
あ……! あの無精髭は……。
そう思った瞬間、自己紹介はその“元上司”の番になっていた。
「管理課……じゃねぇ、秘書課久我(くが)。今年度の抱負ねぇ……我らが社長の結婚相手を見つけること、だな」
低い掠れ声で彼が語ると、会議室内に静かな笑いが起きた。社長本人ですら、「参ったな」とかなんとか言って苦笑している。
く、久我さん……そんなふざけた抱負でいいんですか? それとも、私の緊張を解そうと思って……?
私がそんな風に勘ぐってしまうのには理由がある。
何を隠そう、彼は私が入社してすぐに配属された例の雑用部署、管理課で上司だった人なのだ。
ぶっきらぼうだけど面倒見がよくて、私もずいぶんお世話になった。
それにしても久我さん、秘書課に異動になったんだ。秘書課で、あの髭はアリなのだろうか……?
なんて余計な心配をしながら視線を落とし、比留川くんに渡されたものをこっそり手の中で確認する。
それは、小さな飴玉だった。甘党の久我さんが、いつもポケットの中に持ち歩いているもの。
……きっと、ガチガチの私を見ていられなかったんだ。
彼の発言で会議室の空気もなんとなく緩んだし、今ならちゃんと言えそうな気がする。
久我さんのおかげで自信を取り戻した私の隣で、自分の番を迎えた比留川くんが立ちあがる。