同期と同居~彼の溺愛中枢が壊れるまで~


彼は誰もこちらに注目していないことを確認し、手元の資料の空白の部分にさりげなくペンを走らせる。

【隣の人から】

角張った字で書かれたそれじっと見つめて瞬きをしたあと、控えめに比留川くんの向こう側に座る人物を覗く。

あ……! あの無精髭は……。

そう思った瞬間、自己紹介はその“元上司”の番になっていた。


「管理課……じゃねぇ、秘書課久我(くが)。今年度の抱負ねぇ……我らが社長の結婚相手を見つけること、だな」


低い掠れ声で彼が語ると、会議室内に静かな笑いが起きた。社長本人ですら、「参ったな」とかなんとか言って苦笑している。

く、久我さん……そんなふざけた抱負でいいんですか? それとも、私の緊張を解そうと思って……?

私がそんな風に勘ぐってしまうのには理由がある。

何を隠そう、彼は私が入社してすぐに配属された例の雑用部署、管理課で上司だった人なのだ。

ぶっきらぼうだけど面倒見がよくて、私もずいぶんお世話になった。

それにしても久我さん、秘書課に異動になったんだ。秘書課で、あの髭はアリなのだろうか……?

なんて余計な心配をしながら視線を落とし、比留川くんに渡されたものをこっそり手の中で確認する。

それは、小さな飴玉だった。甘党の久我さんが、いつもポケットの中に持ち歩いているもの。

……きっと、ガチガチの私を見ていられなかったんだ。

彼の発言で会議室の空気もなんとなく緩んだし、今ならちゃんと言えそうな気がする。

久我さんのおかげで自信を取り戻した私の隣で、自分の番を迎えた比留川くんが立ちあがる。


< 10 / 236 >

この作品をシェア

pagetop