君の中から僕が消えても僕は君を覚えている。【完結】
僕を殺して欲しい。


「僕を殺してくれないか」


蝉が煩く鳴るこの季節。放課後、辺りが夕陽に照らされ朱色に染まった教室で、そう言ったのはクラスメイトの槙野くんだ。
黒髪で少しだけ目にかかった前髪。
奥二重の瞳。茶色がかった双眸が私を捉えた。


日が落ちてきたとはいえ、この暑さは拭えない。
ツーっと伝う汗をハンカチで押さえていた私は、その言葉に目を瞬かせる。


槙野くんはもう少し垢抜けたらかっこいいだろうな。
と、友達と過去に一度だけ話していた。
暗い雰囲気の彼はいつも一人でいた。
別にいじめられていたとか、そういうわけじゃない。



空気同然だった。と、言うべきか。
彼と話した事なんて、きっと数回しかない。
それも、プリントを渡す時や先生が呼んでいたとか、そんな程度の会話。


会話にすらなっていないかもしれない。
返ってくるのは『ああ』とか、『うん』とかのみで、私も話を広げるつもりはなかったし、彼も同様に思えた。
だから、用件だけ伝えるとさっさと彼の前から去っていた。


学校に来ても一人でいる彼しか知らない。
だから、いきなり変な事を言われて私は驚いている。
とても驚いている。
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