君の中から僕が消えても僕は君を覚えている。【完結】
明かりが点いていて、夕食のいい香りが漂っている。
この匂い。きっと今日はビーフシチューだ。
お父さんの好きな、ね。
一度、自分を落ち着かせるように息を深く吸ってゆっくりと吐き出す。
それから一歩前へと足を踏み出した。
ガチャリと扉を開けて、自分の家へと入る。
「ただいまー!」
なるべく明るい大きな声でそう言うと、私は靴を脱ぐ。
「おかえりなさい、瑠美子ちゃん」
そうやって、リビングからひょっこりと顔を出した人物。
笑顔を見せているけれど、これはきっとお父さんがいるからだ。
「お腹空いた~。紗奈さん、ご飯出来てる?」
「出来てるわよ。もう真吾さんも帰ってるのよ。今日は遅かったわね」
「うん、先生の頼まれごとしてたらこんな遅くなっちゃった」
「そうなの。瑠美子ちゃんは偉いわね。はあ、ちーちゃんも見習って欲しいわ」
そう言うけれど、内心ではそんな事絶対思っていない。
彼女の中で一番は千風(ちかぜ)なんだ。
それに私は気付きながらも知らんぷりして笑顔を貼りつけると、
「千風は頭いいから」
とおどけてみせた。