ナツコイ×トライアングル
「っあの、岩島先輩!」
「なんだ?」
極寒の目線をまともに受けると、さすがに足が竦んだ。
口から鼻から、白く息が見えるような錯覚に陥る。
「あ、あの…えっと、私たちも悪いんです。つい、ふざけてしまいました。すみませんでした」
「すみませんでした」
いつの間にかプールから出ていた日向も、一緒に頭を下げた。
「……別にいい」
……でも先輩は特に怒ることなく、素っ気なくそう言って、3年に指示を出した。
「日和、大丈夫?」
「あっ……仁菜、うん大丈夫」
動けずにいると、仁菜が声をかけてくれた。
優しく背中を擦ってくれる。
そして、見やすいギャラリーに移動した。
「岩島先輩、ストイックな人だからさ……怒るとあの通り、めちゃくちゃ怖いんだよね」
苦笑いで仁菜は先輩について教えてくれる。
「前にもあったの?こんな風に怒ったこと」
「あぁ……うん、あったよ。タカは割とちょくちょく怒られてる」
「えっ」
少しだけ、考えるような顔をしてから、すぐに苦笑に移り変わる。
気づかない振りをした。
「何回怒られてもあのリアクションは変わらないんだよね~……あ、あと、インハイ近くなると、女子が増えるんだ。
それで、あまりにも煩かったみたいで、『ここは動物園じゃない、帰れ』って」
と、今度はいっそ清々しいくらいの笑顔で笑う。
岩島先輩……よく名前を耳にする人だけど…これは、噂以上かも……。
口の端が、ぴくぴくした。
「でも、岩島にしては結構簡単に許したわよね」
隣から色っぽい声が聞こえて見ると、3年マネージャーの光井 公香(みつい きみか)先輩が「意外」という言葉を顔に浮かべていた。
先輩を一言で表すなら……オンナ。
女らしい曲線を描く体型は、確実に男心をくすぐる。
妖艶なほほ笑みに、狙ったように付いている口元のホクロ。
フェロモンただ漏れという表現がピッタリの先輩。
この人も、ある意味で高校生とは思えない貫禄だ。
「あ、それ私も思いました」
すかさず仁菜が同意を示した。
仁菜は先輩方にも好かれてそうだな~
「そうよね。岩島は特に、煩い女が大嫌いだから」
そう言って屈託なく公香先輩は笑った。
この先輩は、見た目に似合わずサバサバしている。
いい人そうで、ありがたい。
「まぁでも、素直に謝ったのが良かったんじゃないかしら?頑張ったわね」
「いや、当たり前のことをしただけですからっ」
「あら、意外と言うじゃない」
「え、えっと……」
え、なんか、マズった!?
「ふふっ、冗談よ。ごめんなさいね?」
「もー!公香先輩、日和をいじめないでくださいよ!」
「いいじゃないちょっとくらい……あっ、3年始まるわよ」
三井先輩のその言葉で、私たちの間に緊張が走る。
半ば無意識に岩島先輩を探して、第4レーンにその姿を見つけた。
ピーーッ!
鋭いホイッスルの音の後。
一番の反応で岩島先輩が跳びこんだ。
そこからはもう、先輩しか見えなかった。