ただあの子になりたくて
間もなく演劇が始まろうとしていた。
薄暗い舞台袖。
人魚に見たてた、床の上を引きずるほどのロングなマーメイドスカートが、ステージからわずかに差す光で美しいエメラルド色に輝く。
「やっぱり野々原さんは何着ても似合うわ! 頑張ろうね! うちのクラスの劇を、一番最高のものにしよう!」
やる気満々でジャージの袖を掻くりあげている女子監督が、強く意気ごんで去っていく。
私は精いっぱい頷いて答えたけれど、監督の肩越しに見える彼が気になった。
真っ暗な舞台袖の片隅で一人すらりと佇む、真っ白な衣装に身を包んだ蒼介。
衣装係肝入りだという衣装はその言葉通りで、彼をより一層王子らしくさせている。
でも、今日はずっとあの調子だ。
昨日の今日だから仕方ないことだけれど、教室で会っても一言も会話をしていなかった。