たとえばモラルに反したとしても
 弓弦が持つ好意はありがたいけれど、受け取れない。

 最近あからさまになる弓弦の好意に、桐華は足を引く。

「ゴメン、じゃあここで」

 弓弦の質問には何一つ答えずに桐華は早足で背を向けてまた煌びやかな灯りの中に歩き出した。


 別に行くあてがある訳じゃない。

 別に用事も無かった。

 弓弦の言うように、一緒に帰らないためだけ。


 ブラブラとあてもなく歩くけれど、制服であんまりウロウロ出来ない。

 適当な時間をどこかで潰してから帰ろうと思っていると、とあるビルから笑いながら後ろ向き歩きで出てきた女の人とぶつかって思い切り転んでしまった。

「ったぁ」

「きゃあ、ごめんなさい」

 綺麗な女の人は、慌てて謝ってくれたけれど、サッと手を差し出したのは隣にいたホストのような男の人だった。

「大丈夫で……」

 すか、と続けるつもりだったのだろう口の形のままに、そのホストらしき男の人は驚いた顔で声を上げた。

「宮野さん?」

 いきなり名前を呼ばれて驚いた。

 どうして名前を知っているのかと見上げた桐華は首を傾げる。


 どう見ても知らない人だ。


 長めの黒髪を綺麗にセットして細身のスーツに黒のシャツは胸元がやけにはだけていて、そこからシルバーのアクセサリーが覗く。

 耳にもピアス、差し出している指にもシルバーの指輪。

 華奢で背もそれほど高くないけれど、艶やかさと同時に可愛らしさを存分に含んだ男の人。

 正真正銘、ホストだろう。
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