たとえばモラルに反したとしても
「怪我、ないですよね?」

 彼女を見送ったホストが立ち竦む桐華に問いかけて柔らかく笑う。

「……どうして……名前……」

 訝しげに問いかけると、相手はかがむようにクッと顔を寄せて桐華の唇に人差し指をあてた。

 触れるか触れないかの彼に指に桐華はなぜかドキッとする。


「それは、ヒ、ミ、ツ」


 クスッといたずらの成功したような笑みを見せて、すぐに唇の前から手を離す。

 サッと体を起こした彼のくつろげた胸元でシルバーのアクセサリーが揺れる。

 何が起きたのか咄嗟に状況を掴めずに、呆然とその胸元を見つめていた桐華にホストはクルリと背を向けた。

「じゃあ、制服で夜の街をうろつかない方がいいよ。早く帰りなよ、み、や、の、さん」

 喉の奥で笑ってからヒラヒラと手を振ってビルの中に戻って行ってしまった。


 その途端に周囲のざわめきが戻って来る。


 今まで周りから音が消え去っていたことに、その時になって初めて気がついた。


(……なに……あの人……)


 その場に取り残された桐華はかなり長い間、その場に突っ立って動けなかった。

 むせるほど溢れかえる光と音の中、桐華はノロノロと歩き出した。

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