たとえばモラルに反したとしても
 ひどく悔しくて桐華は息さえ詰まる。

「み、三好、あんた、あたしのこと満足させなさいよ」

 強がって言う声が震えてないことに安堵する。

 きつく握りしめたスーツに、更に力を込めて下から睨み上げる。

 三好は変わらない余裕の笑みで見下ろして目を細めた。

「どうすればいいのですか? 我が主(あるじ)様。ご命令のままに」

 沈黙を落としてから、桐華は睨み付けたままで命令を下した。


「…………もう一度……キスを、しなさい。ゆっくりと……」


「……御意」


 小さく笑ってから三好はそっと瞼を閉ざす。

 意外に長い睫毛を見つめながら桐華も目を閉じた。


 長い長い夜の始まりだった。

 深くなっていく口づけに。


 日常が、壊れて行く音を桐華は確かに聞いた。


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