たとえばモラルに反したとしても
「わーい! 楽しみだぁ!」

 子供のようにはしゃぐ浩の肘が斜め後ろの席にあるペンケースにぶつかって中身が散らばった。

「あ、わりい! ゴメン、ゴメン」

 浩が慌てて散らばったペンを拾い集める。
 桐華も足元に転がってきた消しゴムを拾う。

 斜め後ろの席に座る男子生徒。

 三好(みよし)と言うその生徒は、ひどく地味で話したこともない。

 真っ黒の染めもしない髪の前髪は目を覆うほど長くて、黒縁眼鏡と相まって正直、顔の印象はない。

 気に掛けたこともないし声を掛けたこともなく、この半年ほど、一つも接触は無かった。

「はい、消しゴム」

 ポンと机に乗せた桐華に三好は少し驚いたようにお礼を言う。

「あ……ごめん、ありがとう」

 地味で目立たないけれど、意外とその声は柔らかかった。


 パン、と弾けたように浩が廊下へと駆け出して大きな声を上げる。

「渚(なぎさ)! みっけ!」

「ああ、浩」

 廊下を歩いていた男子がニコッと浩に笑いかける。

 浅原渚(あさはら なぎさ)は有名人だ。

 驚くほど整った顔と誰にでも丁寧に接する態度、そして愛想の良さで無数の女子生徒の憧れの的。
 けれど本人は自覚ナシ。

 あまりにも有名すぎて何となく誰も告白しないから、本人は全然もてないと思っているそうだ。

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