たとえばモラルに反したとしても
 座った途端に弓弦が桐華の前に跪(ひざまづ)いて桐華の両手を握りしめた。

「宮、あの日、俺のしたことを怒ってる?」


 あの日。


 無理やりにキスをして来た日。
 拒絶反応を起こしてしまった自分に驚いた日。
 そして、三好がカバンを届けてくれた……あの日。

 弓弦の行動には、怒ったりなんかしていない。
 桐華はゆるゆると首を横に振る。

「怒ってなんて、ない。驚いたけど」

「じゃあ……俺、嫌われてない?」

「嫌ってなんてないよ。少し気まずかっただけだよ」

 握ってくる両手にいくらか力を込めて弓弦が目を細めた。

「……じゃあ……キスしてもいい?」

 桐華は動きを止める。

 弓弦が真摯に求めている。
 仲直りの手段?
 愛情の表現?
 どちらか分からないけれど、キスくらい平気。
 今まで簡単に許していたのに。

 桐華は頷くことが出来ないでいた。

 きっと、もう理由は分かっている。
 弓弦の気持ちを受け入れられないのに、キスはするべきじゃないなんて、そんなモラルのある考えは多分、タテマエ。

 見ないふりをしていても、もう胸の中にまざまざと甦っているあの姿。
 弓弦のキスを受け入れられなくなっている理由。


 きっと……三好……
 三好に会ってから……

 桐華の日常は崩れた。


 消え入るほどの小さい声で桐華は答えた。

 ――ごめん……ムリなの……

 ごめん、弓弦。

 小さく零れた声が自分の声じゃないみたいだった。
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