妖あやし、恋は難し
「いやっ!!こっちに来ないで!!!」
「ちがっ…!俺は敵じゃねーよ!!」
「いやぁあ!!!!!」
軽い錯乱状態に陥っていた結は、重い体を引きずりながらも腕をぶんぶん振り回しできる限りの抵抗をする。
相手が誰であるかを確認する余裕などなかった。
もう、怖い思いは嫌だった。
すると
男の影に、もう一つ影が重なった。
先ほどとは違う、低く、落ちついた声が結の耳を掠める。
「一条結」
名を呼ぶ。
「こっちを見ろ、一条結」
ひどく優しげで、深く暖かな響き。
何度も聞いたことのある、けれどいつもの棘のあるそれとは異なる、安心する声。
自然と、結の抵抗は止まっていた。
おぼろげな、今にも泣きそうなおびえた目に確かに映る、男の姿に手を伸ばす。
「結、おいで」
「……っガードマンさん…ッ!」
途端に溢れ出る涙を止める術もなく、結は湊の大きな胸に顔をうずめ、声を殺して泣いた。
黒のスーツに包まれた彼の腕が、もう離すものかと、大事そうに細く小さな彼女の体を抱きしめていた。