妖あやし、恋は難し
「よう。きたか、久しいな湊」
部屋の戸を開けた先で、剛蔵は片手を上げながらそう声かけた。
心底うざったそうな顔を隠そうともしない湊は、部屋に足を踏み入れることもなく、入り口間際の壁に寄りかかる。
「…死にかけと聞いていた割に元気そうだな、老いぼれジジイ」
一家の組長を、悪びれもせずに『ジジイ』と呼ぶ湊に、その場を見ていた組員達は一同にギョッとする。すぐそばにいた蓮も例に漏れず驚愕の表情だ。
しかし当の剛蔵は、そんな湊の様子を鼻で笑う。
「ふん、相変わらず口の悪いガキめ、二年ぶりの再会だってのにろくな挨拶ができねぇのか」
「そもそもあんたに会いにきたわけじゃねえんだ。あんたこそ老いぼれは老いぼれらしく、とっとと引退して隠居しちまえ」
「ガハハッやかましいわい!クソガキ!」
組長に対してとは思えない生意気な言葉と、それを終始楽しそうにあしらう剛蔵。
その後もしばらく続いたそのやり取りはまるで、久方ぶりにあった親子のそれのようだった。
「…それで、あの子はどうなんだ。傷の具合」
ようやく本題に移る。
結の事である。
「……怪我は大したものじゃない。だがショックは大きいようだ」
当然だろう
誘拐され暴力をふるわれた。死を覚悟したかもしれない。
普通に生きる人であれば決して経験し得ない出来事のはず。
湊の深い眉間のシワを携えたポーカーフェイスが、自然と曇る。
「悪いことをしたなぁ、身体の傷は治るだろうが心はなんとも…トラウマにでもならなきゃいいが…」
「…ああ。そうだな」
今はそう願うしかない。
その場にいた全員が、そう感じていた。