妖あやし、恋は難し





コンコン、

静まった廊下に、ノックする打つ音がやけに大きく響く。



自信なさげに、躊躇いながらもその音を鳴らした張本人の湊は、できるなら返事をしてくれるな、などと心の隅で考えていた。


そのかすかな願いが叶ったのか、返事は返ってこない。


(…もう、寝たか?)


そうならいい。


だが、そうじゃなかったら。


(…あるいは、眠れずに起きているが、突然のノックに混乱して声が出ないのか)


その可能性はある。


いくら安全な場所とはいえ、周りは男だらけだ。


自分を誘拐し、襲った“男”だらけなのだ。


警察での工藤との会話を思い返す。



『一人で大丈夫だと、強がる子に限って無理してるんだよ。縋れる存在になってやれ」』



(縋れる存在に…俺がなれるか、分からないが…)



湊は1つ、息を吐く。


そして覚悟を決める。





「ーー結、俺だ」


彼女と、結と、向き合う覚悟を。




「……ガードマン、さん?」


程なくして、襖が僅かに開き、大きな翡翠の瞳が覗いた。


その宝石のような瞳の美しさに引き込まれそうになりながら、湊は自分に向けられるには眩しすぎるそれから目を逸らしたくなるのを堪えて、真っ直ぐに見返す。



「やっぱり寝てなかったか」

「……はい。ちょっと、眠れなくて…」


顔色が良くない。


「何か飲んだほうがいい。持ってくる」

「あッ…!まって」


ギュッ


「っ!!?」


飲み物を取りに行こうと踵を返した湊のスーツの裾を、襖の隙間から伸ばした結の手がとらえる。


その行動に当の港はギョッとして固まった。



「飲み物は、大丈夫です」


その代わり


「もう少し、一緒に…いてくれませんか?」



戸惑いがち見つめ返された翡翠の瞳が、ふるりと震えていた。



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