妖あやし、恋は難し
「あ、あやめちゃんは?」
「ん?私? 私は一応スポーツ推薦が来てるから、その大学に行こうかなって思ってる」
「そっか、あやめちゃん運動得意だもんね」
「でも万が一があるだろ?だから勉強もちゃんとしておけって母さんがさあ…」
それから菖の愚痴は延々と続き、気づいたときには結の家の前まで来ていた。
家と言ってもマンションだが。
「あ、もう着いたか。早かったなあ」
(しゃべりっぱなしだったからね)
結はおかしそうに小さく笑う。
「結って一人暮らしなんだろ?寂しくないの?」
「大丈夫、もう慣れたから」
「そっか…いつも言ってるけど、何かあったらいつでも連絡しろよ?」
「うん。ありがとう、あやめちゃん」
「じゃあ明日な!」
「ばいばい」
結は菖の姿が見えなくなるまでマンションの前で見送り、それから中へと入っていった。
郵便受けから手紙などを取り、今日は楽しかったなあ、などと思いながらルンルン気分で部屋に向かった。
部屋の中に入り、電気をつけ、郵便を一つずつ見ていく。
(チラシ、チラシ、勧誘?、またチラシ、…あれ?……これ、何だろ)
チラシに紛れていた、真っ白な封筒。
差出人の名前や住所は書かれていない。
結のもとへ届くものでは珍しくはない。
そのほとんどが身元を知られたくない人々からの『依頼』だからだ。
荷物を置き、ベットに腰かけて差出人不明のそれを開ける。
中には便箋が一枚。
そこに書かれていたのは、一文だけ。
『六月×日金曜、駅前の喫茶店『ねこの足跡』にて待つ』
(この日付…明日だ。時間は午後六時…内容は、書いてないか…)
いつもの依頼状以上に情報のない文面に不思議に思いながら便箋をひっくり返すと、紙の右下に漢字が一文字。
『皇』と。
結は、果たしてこの一文字にどんな意味があるのか分からず、頭の上にはてなマークを浮かべていたのだった。