妖あやし、恋は難し



次の日

(さて、来てみたはいいけど…)

結は待ち合わせ場所に喫茶店に来ていた。
指定の時間の三十分前に来てはみたが、まだ相手の人は来てないらしい。

(とりあえず座って待ってよう)

そう思い、空いている席に腰かけた。

一息つくと、結は店内に目を向ける。

ここ、喫茶店『ねこの足跡』は雑誌やテレビにも何度も取り上げられている有名店で、パンケーキが絶品だと若者の間で今流行りの喫茶店なのだ。

流行りに疎い結ではあるものの、学校で菖がしきりにこの店の話題を出してきていたので名前だけは知っていた。

店内に入るのは初めてである。

物珍し気に目を泳がせつつ、頭の中を占めるのは依頼について。

(それにしても…誰だろうこの手紙の差出し人)

『皇』と言う漢字も気になる。

一応何か意味があるかと調べてみれば、『すめらぎ』という読みの苗字があるらしいということが分かった。

(すめらぎ…何か、引っかかるんだよな。どっかで聞いたことがあるようなないような…うーん何だっけ…)

悩んでも悩んでも、全然思い出せない。


「ご注文は?」


ウエイトレスが笑顔を振りまき、そう尋ねてきた。

「あ、じゃあアイスコーヒーを一つ」

「かしこまりました」

しばらくするとアイスコーヒーが結の前に運ばれてくる。

一口、口に含む。

その瞬間鼻にすっと抜けるような澄み切ったコーヒーの香りと風味が結の中に広がった。

強すぎないほど良い苦みに、美味しい、と素直にそう感じる。

なるほど、これはパンケーキにもあうだろう、と期待が高まる。

こんなオシャレなお店を待ち合わせ場所にするくらいだから、相手は女性かもしれない。

(もし優しい人だったら一緒に食べれるかしら、パンケーキ)


そんな一抹の望みをこれから来るであろう手紙の主に託して、ぼんやりと外の景色を眺めていると、テーブルをはさんだ前の椅子が、ガタンっと音を立てて乱暴に引かれた。

結は驚いて顔を上げる。



そこにいたのは、思い描いていた『優しい女性』とは全くの別人、真逆の人。

オールバックに黒い服、そして眉間に深いしわを刻んだヤクザのような男が。

何やら見覚えのある、そんな気がする。

そして結ははたと気付いた。



そう、



あの日のボディーガード

皇 湊だった。
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