妖あやし、恋は難し
湊は、じっと床に伏せる姉の痛々しい姿を見つめる。
そんな彼に、結はもしやと思い尋ねた。
「……もしかして、霊能力者を名乗る人を嫌ってるのって…」
そこまで言うと、湊の瞳がすっと動きこちらを捕らえた。
光も何もかも吸収してしまいそうな、真っ黒な瞳だった。
「もしかしなくてもそうだよ。元々嫌ってたわけじゃない、信じてたわけでもない、ただただ無関心だった」
結はきゅっと口を噤む。
そんな様子など気にかける素振りもなく、湊はガラス越しの姉に再び目を向けて話を続けた。
「お前らは詐欺師さ。他の誰がなんと言おうと、何を信じようと、言葉巧みに人を操る詐欺師だ。信じる方もどうかと思うが、やっぱりお前らの事は軽蔑するし反吐が出る、クズだ」
悪いな。
湊は最後にそう言った。
そりゃあ、自分の職業を散々コケにされたのだ。
謝られて当然だが、今の結に、彼の言葉を責めることは出来なかった。
世の中には少なからずそういった類の人たちは居る。
むしろ、霊が見える、私には不思議な力がある、などという霊能者たちの多くは彼らだ。
昔とは違う。
『ホンモノ』なんて今の世にほんの一握りしかいない。
「俺は姉に目を覚ましてほしい。幽霊を信じるもよし、妖を信じるもよし、ただあの女に死ぬ時まで人生を狂わさせたくない。…俺や蘭の言葉はもう届かない。でも、あんたの言葉なら、届くかもしれない」
あの日、柳邸の仏壇の前で彼女が話しているのを聞いて、そう思った。
結は湊が嫌う人種で、女で、ガキで。
あの占い師と同じで。
そんなやつに頼むなんて馬鹿げてる、と何度思った事か。
でも彼女は、今まで会った誰よりも、一人の人間と向き合っていた。
他人の、それも死人だったのに。
普段の怯えるそれとは違う、淀みなく発せられる澄んだ声。
柔らかな眼差し。
包む空気が変わる。暖かで、優しくて、春に包まれたように。
『綺麗だ』と、
あの時確かに、その細く小さなセーラー服の後ろ姿に、そう思ったのだ。
(こいつなら…姉さんも、耳を貸すかもしれない…)
だから湊は、結をここに呼んだ。
もうすぐ死ぬかもしれない姉の目を覚まさせる為に。
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