妖あやし、恋は難し
…
新幹線が動き出して、何分が経っただろう。
結はずいぶんと涼しくなった車内で、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
(そういえば、【ハク】遅いなあ…)
などと思いながら、お茶を飲むためにペットボトルに手を伸ばそうとした、その時。
ガタンッ
なんの前触れもなく、車両が激しく動いた。
その瞬間、手に取りかけていたペットボトルが転がり、足元をコロコロ、コロコロ…
「あ、ああ…!」
それを取ろうと手を伸ばす結。
しかし、思いのほか遠くに行ってしまったそれを掴み損ねてしまう。
(ああっ、自分の愚鈍さが嫌になる…!!)
結が慌てていると、隣の席から手が伸びた。
結とは全く違う、骨ばった男らしい、大きな手。
その手が、結の代わりに転がったペットボトルを掴む。
差し出されるそれを、『ありがとうございます』と礼を言って受け取るつもりだった結は、顔を上げた瞬間、固まった。
文字通り、固まってしまったのだ。
口をぽかんと開け、瞬きも忘れ、動きも止めて石になったように。
それは何故か。
目の前の、ペットボトルを片手にこちらを見つめる男の顔に、あまりにも見覚えがあったから。
もはやデフォルトになりつつある眉間の皺、オールバック、黒スーツ、おまけに今回はサングラス。
そう、彼は
もう会うこともないとさえ思っていた男。
皇湊、その人だった。