妖あやし、恋は難し



新幹線が動き出して、何分が経っただろう。

結はずいぶんと涼しくなった車内で、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

(そういえば、【ハク】遅いなあ…)

などと思いながら、お茶を飲むためにペットボトルに手を伸ばそうとした、その時。



ガタンッ

なんの前触れもなく、車両が激しく動いた。

その瞬間、手に取りかけていたペットボトルが転がり、足元をコロコロ、コロコロ…


「あ、ああ…!」


それを取ろうと手を伸ばす結。

しかし、思いのほか遠くに行ってしまったそれを掴み損ねてしまう。


(ああっ、自分の愚鈍さが嫌になる…!!)


結が慌てていると、隣の席から手が伸びた。

結とは全く違う、骨ばった男らしい、大きな手。

その手が、結の代わりに転がったペットボトルを掴む。

差し出されるそれを、『ありがとうございます』と礼を言って受け取るつもりだった結は、顔を上げた瞬間、固まった。


文字通り、固まってしまったのだ。


口をぽかんと開け、瞬きも忘れ、動きも止めて石になったように。


それは何故か。

目の前の、ペットボトルを片手にこちらを見つめる男の顔に、あまりにも見覚えがあったから。

もはやデフォルトになりつつある眉間の皺、オールバック、黒スーツ、おまけに今回はサングラス。

そう、彼は


もう会うこともないとさえ思っていた男。



皇湊、その人だった。



< 61 / 118 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop