妖あやし、恋は難し
前の座席とはそう離れていない。
(ぶつかるっっ!)
そう思ってぎゅっと目をつむり体を固くして構えた結だったが、実際にぶつかったのは予想よりも柔らかいもの。
「大丈夫か!?」
「……あ、」
気づいた時、そこは男の、湊の腕の中だった。
呆然とする結。
サングラスを外し、眉を顰めらしくなく心配そうな目でこちらを見る湊。
この時にはもう、男が皇湊と同一人物であることに何の疑いも持ってはいなかった。
しかし呆然とするのも束の間。
急停止に騒ぐ車内で、こちらを睨みつける一対の目が。
「あ、」
それは車内を周回して、たった今帰ってきた【鬼】の金色の瞳だった。
『貴様っ…!!何故ここにいる!!!』
結にしか聞こえない、明らかな怒気を含んだ声が湊に向かって放たれる。
空気が振動し、車体が揺れた。
つまり、この急停車は【ハク】が起こしたのである。
「【ハク】!!馬鹿っ落ち着いてっ!!」
『嫌な勘が当たったな!何故あいつがここにいる!?まさか結をつけ狙ってたか!!やはりここで殺すっ!!』
「ダメよ!落ち着きなさい【ハク】!!!」
それからしばし、ガタガタと揺れ動く車体の中、キャーキャーと騒ぐ乗客に紛れて、結は怒れる【ハク】を宥め続けた。