妖あやし、恋は難し
それから結は、組長さんが横たわるベットへ。
さっきより幾分かましではあるものの、まだまだ病体を覆う靄はぬぐえてない。
力を解放させ空間を浄化させることはできても、人体に縋りついている悪霊は正統なお祓いでないとどうにもならないのだ。
しかも今回の悪霊は更にたちが悪い。
複数の力を融合させ力をつけたそれは、組長さんの身体の深部、つまり命にまで複雑に干渉している。
一気に除霊すれば衰弱しきった組長さんの命にまで危害が及ぶ可能性だって十分にある。
だからこそ慎重に慎重を期し、じっくり時間をかけなければならない訳だ。
(悪霊は十体、それ以上かな…)
組長さんの身体に負荷がかからないようにしなきゃ。
結はベッドの横に椅子を置きそれに腰かけると、あらかじめ準備していた霊符を指の間に挟んで掌を合わせ、静かに祝詞を唱え始めた。
【掛けまくも畏き 伊邪那岐の大神
筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に
禊ぎ祓へ給ひし時に 生り坐せる祓へ戸の大神たち
諸々の禍事・罪・穢れあらむをば
祓へ給ひ清め給へと 白すことを聞こし召せと
恐み恐みも白す】
イザナギの大神がその身を清めた際に生まれた、穢れを祓う神様たちに対して祈りを捧げる言葉
人々に降りかかる禍い事や罪穢れをお祓いくださいと、恐れ多くも人から神へ贈る詞である。
あらゆる神社仏閣でもお祓いをする前に同様の祝詞や祓詞が使われる。
そうすることで神々の加護を受け自身の霊力を高めるのだ。
結はそれから何時間も椅子に座ったまま、目を瞑り、掌を合わせていた。
ピクリとも動かず、ずっと緊張の糸を張りつめた状態が延々と続く。
傍目から見ると一体何をしているのか理解できないだろうが、これが結の除霊のやり方だ。
ゆっくりと絡まった糸を根気よく解きほぐすように、同化した悪霊を一体一体丁寧に除霊していく。
時間はかかるが、病体の負荷は最も少なくて済むはず。
そうして結は、集中力が続く限り除霊を続け、一日目の分が終わったのは日が落ち夜空に星が輝き始めた頃だった。