妖あやし、恋は難し
どうにかこうにか、二人が黒木組についた頃。
昨日には無かった変化が起こっていた。
舎弟たちが何やらざわざわと落ち着きなく騒いでいたのだ。
どうしたのだろうと、結たちが彼らの側に近寄ると、
「あっ!一条様!!」
「一条様がこられたぞ!!」
などと言って結の元に群がってくるではないか。
何が何やら分からない結はあたふた。
湊もまた、警戒して眉間にシワを寄せ、結を庇うように前に立つ。
状況がわからないままそうしていると、舎弟たちの波をかき分けて奥から登坂がやってきた。
「一条様!!!」
「えっ?は、はいっ!!」
「お待ちしておりやした!なんとお礼を言ったらいいか…!」
「へ?…一体何があったんですか?私は何も…」
未だ困惑している結に向かって、登坂は満面の笑みを浮かべて「ひとまずこちらへ」と結達を中に促したのだった。
案内されたのは黒木組・組長、病床に伏せった黒木剛蔵の部屋。
白いスライドドアを開けるとそこには、ベッドに横になりながらも笑みを浮かべてこちらを見つめる剛蔵の姿があった。
この二日、いやここ数週間に渡り目を覚ますことのなかった組長さんが目覚めたのである。
結が結果を出すといった期限の三日目、きっかりに。
なるほど、皆が浮き足立つわけだ。
「…やあ、君が一条さんかね」
剛蔵が問いかけた。
初めて聞く彼の声は少し掠れていたが、重低音の野太い声。
いかにも組長らしい声だった。
「はい。初めまして、【陰陽師】の一条結です」
部屋に入り、剛蔵に向かってペコリと頭を下げる。
「そうか…まずは礼を言わねばな。本当に、ありがとう。心から感謝している。今までが嘘のように身体が軽くなったよ」
「そうですか?正直、目を覚まされるまでもう少し時間がかかると思っていたんですけど、良かったです。頑張ったかいがあります。でも、ムリは禁物ですよ?まだ除霊には数日かかりますから。あと四日はベッドから出ないでくださいね」
結の言葉に剛蔵は小さく声を上げて笑った。
登坂に到っては、もはや感動のあまり涙を流す勢いで剛蔵を見つめる。
「フフッ、分かったよ。まだ起き上がるには億劫でね。除霊とやらが終われば動けるかな?」
「はい、動けるようにはなります。ですが私は医者じゃありません。寝たきりで弱った身体には医療的措置が必要ですから、専門のお医者様をお呼びください。私はそれまでのお手伝いをさせていただきますから」
「そうだな、承知した。登坂」
「はい!」
「諸々の手配を頼む、早く元気にならんといけんからな」
「はいっ!!すぐに!」
勢いよく返事をし、登坂はすぐさま駆け出した。
その様子を見ていた結は和かな表情を浮かべ、呟く。
「…組長さんは皆さんに、心底慕われていらっしゃるんですね」
それを聞いた剛蔵は、目じりに深いしわを作ってにっこり笑った。