妖あやし、恋は難し
数時間後――
「……も、もう無理です…勘弁して、くださぃ…!」
「まだだ。半分しか食べてねえ」
「うぅっ、鬼…!悪魔ッ!!ガードマンさん、やっぱり嫌いです…!」
「嫌いでも何でもいい。さっさと食え、吐いてでも食え」
「吐いたら意味ないじゃないですかっ」
…とまあ少し前からずっとこの調子で、テーブルを挟み二人の攻防が続いていた。
とうにお腹の限界を通り越した結は、普段のそれよりも口が若干悪くなっている。
というかそこまで気が回らない状況にまで追い詰められていたと言えるだろう。
対して湊は、初めから徹底して結に目の前の料理全てを喰わせる姿勢をブラさない。
しかしその二人の構図がまずかった。
なんせ湊は黒スーツ、てかてかの革靴、ワックスで後ろに流された黒髪、腕を組みふんぞり返るような座り方、そして涙目の結を睨み付ける恐ろしい顔。
結は涙目。いや、もう泣いてる。目も鼻も真っ赤だ。
そう、それはまるで、ヤクザが少女をいじめていると勘違いしかねない構図だったのだ。
おまけにここはファミレス。
まわりには一般の人の目がたっくさんなわけで。
「…す、すみません。お客様…」
「あ゛?」
「ヒィッ!」
怖がったお客の誰かが店の方に、湊の事を言ったのだろう。
ウエイトレスがあからさまにびくびくしながら話しかけてきた。
「す、すすすすみません…ほ他の、お客様が、怖がっておられていますので…ばっ場所を、変えていただけないでしょうか…」
そして結の方をちらりと見、
「も、問題を起こされるようであれば、け、警察に、れれ連絡しますっ!」と言い切った。
その言葉で周りに自分たちがどういう風に見られ勘違いされているか状況を把握した湊は、しょうがないかと大きなため息を付き、テーブルの上に一万円札を置いて立ち上がる。
「もういい。帰るぞ」
「え、…あ、えっ!~ッはい!!!」
まだ何時間も続くと思っていた苦行が予想外の展開で終了を迎えたことに結は大喜び。
もし可能ならば、二人の元にやって来たこの勇気あるウエイトレスさんに今すぐおっきな花束をあげたい!!!感謝の気持ちを込めて力いっぱい抱きしめたい!!!
そう心から思うほど。
不機嫌な湊の後を追いテーブルから離れつつ、結はウエイトレスへの熱烈な感謝の気持ちを込め、大きな瞳に涙をたっぷり浮かばせ、深々とお辞儀をした。
「遅せえ」
との湊の一声に慌てて、てけてけと小さな体で後をついていく結
そんな彼女の後姿に向かってウエイトレスは青い顔で呟いた。
「やっぱりあの子、あの黒服に脅されてるんや…ッ!!大変!!!急いで110番せなッ!!」
この小さな誤解が新たな問題を生む。
そして同時に新たな事件の火種となるのだった。