妖あやし、恋は難し
一方その頃
ファミレスを出ようとした結と湊の二人は入口でもめていた。
「帰る前に、お、お手洗いに言ってもいいですか?ほ、ホントに吐きそうで…」
「あ゛?」
結の言葉に湊は顔をしかめた。
黒木組での出来事があるからだ。
ここ一週間余り、ホテルの部屋にいる以外はずっと湊は結につきっきりだった。
すぐそばとはいかなくとも視界に入る場所には必ずいて、逐一彼女の様子を窺っていた。
皇湊という男は、日本中のあらゆる大富豪・政治家・要人、そして裏組織にまでも顔の聞く超腕利きのガードマン。
それだけの実績を誇る男だ。
それが、たった一瞬トイレに行くと言って湊が目を離した隙に、警護対象者が倒れ
おまけに一番最初に駆けつけたのが、気に食わない鼻につく若いチャラチャラしたヤクザの警護主任。
その光景を見た瞬間、湊の心中は真っ黒に染まった。
子供っぽい話かもしれないが、ようは嫉妬したのだ。
もちろん嫉妬だけじゃなく悔しさや怒りもあった。
それらすべてが入り交じり、黒い感情が一瞬にして湯水の様に沸き起こったのだ。
その結果、結を有無を言わさず黒木組から無理やり連れ出すという暴挙に走ったわけだが。
実のところ、正直いまも平常心ではない。
出来ることならすぐにでも彼女をホテルの部屋につっこんで、日が昇るまで監視していたい気分だ。
「…ホテルまで我慢できないのか」
「っ…!ちょっと、無理そうです…うぅ」
結を見ると、確かに心なしか顔が青くなっている。汗もすごい。
(…我慢させるのは無理か…っくそ)
元は自分が蒔いた種だ。
こうでもしなきゃ最後まで彼女はろくに飯も食わなかったろうから、自分の判断が間違っているとは思ない。
しかしもう数日早く行動に移していれば倒れる事態にはならなかったし、吐くまで食べさせるなんて無茶な真似はさせなかった。
(全部…全部、俺の責任だ…クソッたれ)
湊は自身への怒りを鎮めるため、眉間にいっそう深く皺を刻み瞼を閉じて一つ深呼吸を。
そうして彼は再び歩き出した。