妖あやし、恋は難し
建物内に入ってからも、湊は止まらない。
突然の見知らぬ者の来訪に、先へは進ませぬと立ちはだかる辰巳組の手下達だが
湊は彼らに容赦なく、拳銃の引き金を引く。
すべて膝だけを狙い撃ち追ってこれなくさせているようだが、驚くべきは、その反射速度。
敵の姿が視界に入る前にすでに位置を察知しているかのような速度で銃を打つのだ。
それは背後の敵にも、寸分の狂いもなく行われる。
弾が切れると、蓮が差し出す弾倉を直接はめ込み、即座に使い始める。
一切のすきを見せない彼の行動は、数多の経験から得られたものであることは明白だった。
無事、一階をすりぬけエレベーターに乗り込む二人。
突然訪れた静寂の中で、蓮は、初めて湊が黒木組にやってきた時のことを思い出していた。
『おいクソガキ、良く聞け。俺はお前が思っているよりずっと腕がたつ。今ここで、この場に居る人間全員を殺すことも可能だ。彼女に傷を負わせることなく、この拳銃一つで。お前らとは経験も実力も違う』
自分に対し銃口を向けた蓮への言葉。
あの時はただのハッタリか大げさに言っただけかと思ったが、
(本当だ…経験も実力も、全然違う)
海外のスパイ映画さながらに繰り広げられる銃撃戦。
この平和な日本で普通に生活している限りけして味わうことのない、この戦慄とした緊張感。
ただのガードマンにできる芸当ではない。
きっと皇湊という男は、自分たちじゃ想像出来ないような環境下で生きてきたんだろう。
自分との格の違いをまざまざと見せつけられ、実感する蓮。
エレベーターが最上階につく。
「…壁際に隠れてろ、俺がいいというまで出てくるな」
「はい…!」
再び拳銃を構えた男の背中を、蓮はじっと見つめていた。