Beautiful World
波音にとっては、何気ない質問だったのだろう。


実際、毎日のように海に来ている姿を見ていれば、誰だって同じ質問をするはず。


けれど、そのときの僕には、とても衝撃的な一言だったんだ。


僕の気持ちを素直に見てくれた、その一言が。


『……うん。海が、大好きなんだ』


『そっか! あたしも海、大好き!』


心のままの言葉を素直に受け止めて、その上同じ気持ちを共有してくれる人間。


僕の中で波音の存在は、初めて会ったときから特別なものになった。


両親さえ入れたことのない、僕の心の底まで、彼女をすんなりと入れてしまったんだ。


その日から、僕と波音は毎日一緒に海を見た。


夏休みが終わっても、木枯らしが吹いても、雪が降っても、学年が変わっても。


他人との付き合い方もなんとかうまくできるようになって、周囲から浮くことはなくなったのも、波音のおかげ。
 

波音は本当に海が好きだった。


泳ぐことも大好きで、『人魚になりたい』が彼女の口癖。


それに対して、『人魚に生まれてくるはずだった』が僕の口癖。


そういうわけで、夏場はたいてい波音が泳いでいる姿を砂浜で眺めていた。


僕は――海には入れなかったから。


『波糸も泳げばいいのに』


波音はいつもそういって僕を誘ったけど、彼女の誘いには、一度として乗ったことはない。
 

乗ったら最後、僕は二度と――。
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