Beautiful World
「ただいま」


日が傾きはじめた頃に帰宅した。


帰宅のあいさつをしても、返事はない。


共働きの両親は、夜遅くならないと帰ってこないから。


玄関から真っ直ぐ、バスルームに向かう。これも僕の日課。


コックをひねると、無数の水滴が頭上から降り注ぐ。


それを僕は、全身で受け止めた。


頭から冷水を浴びると、火照った体が冷まされて気持ちがいい。


潮でべとべとになった体を洗う必要もあるけれど、主になる目的は、水に触れること。


海には入れない僕の体は、水を欲しているんだ。


ほかの人が酸素を必要としているのと同じように、僕の体は水を求める。


――僕は常に、空気の中でおぼれているから。


いつもいつも、水を求めて必死にもがいている。


こうして、毎日自分を『蘇生』しなければ、僕は生きていけない。


シャワーだけじゃ、本当は全然足りない。


浴槽に浸かるのだって不十分。


プールには時々行くけれど、それはやっぱりまがい物で。


僕にとっては非常食のようなもの。
 
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