Beautiful World
それに、いくら水に触れていたくたって、人の体は不便なもので。


しばらく水に浸かっていれば、すぐに皮膚はふやけてしまう。


長く水の中にいられるようには、人間はできていないから。


……こうして水を浴びている時間が、一日のうちで一番満たされる時なんだ。


海に入りたい。


でも、入らない。


入れない。


砂漠の中で目の前にあるコップ一杯の水を我慢するように、海を眺める僕はひどく飢えている。


手が届くのに、手を伸ばさない。


足を伸ばせば入れるのに、海には入らない。


矛盾を抱えながら、僕はいつも海を眺める。だから水に触れられるこの時間が、一番癒されるんだ。
 

でも、帰宅してすぐに水を浴びることで飢えをしのいではいるけど、どうしたって完全に癒えるわけじゃない。


毎日毎日、徐々にその飢えは積み重なって。


排水溝に流れる水を眺めながら、僕は思った。


――もう、耐え切れない。

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