愛と音の花束を
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定演に向けたオケの練習は順調に進んだ。
早瀬先生は、彫刻を作るみたいに、ざっと全体の形を作ってから、細部を整えていく。
ぶれない。“前と言ってたこと違う”ということがない。
とてもありがたい。
一方、コンマスのソロはますます凄みを増してきていた。
この人の本気は、おそろしい。
恋の力は偉大だ。
なお、この次の定演で彼が弾く曲は、王道、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲に決まった。
オケもそれなりに目立つ曲。なので私も覚悟を決めて、スコア(総譜。つまりはオケとソロ全部の楽譜)を読み始めた。
そして。
椎名は、というと。
かなり弾けるようになっていた。
3月。本番まであと1ヶ月になると、セカンドヴァイオリン恒例の最終チェック1人弾きを行う。
全体練習の後、大部屋の隅に1人ずつ呼び出し、弾いてもらうのだけど、椎名の番になった時のこと。
課題は、オルガン付き第2楽章後半、フーガ部分。
フーガとは簡単に言うと、主題と応答がずれながら組み合わされていく形式のこと。各パートそれぞれきちんと弾けてないと絡み合いがアンバランスになる。
「本番のテンポで弾いてみて」
それだけ言って、後は本人に任せる。
椎名はうなづき、構え、頭の中で拍をとっている様子を見せてから、弾き始めた。