愛と音の花束を

プログラム後半は、サン=サーンス作曲、交響曲第3番『オルガン付』。

冒頭はアダージョ(ゆったりと)。
ヴァイオリンとヴィオラの和音で静かに始まる。

そこへ、本多さんのオーボエがそっと入る。
どソロだ。

上手くいきますように……!

緊張しないはずがないだろうに、震えることなく、澄んだ音色がホールに響き渡る。

素晴らしい、というように、早瀬先生が本多さんの方を見てにっこり笑った。

ああ、曲全体も上手くいきそうな予感。



生きていて良かったと思うのはどんな時かと問われれば、私は“今この瞬間”と答える。

夢中で音楽を奏でている、この時。

信頼できる指揮者と、コンマスと、一緒に頑張ってきた仲間達。

オーケストラという生命体に溶け込んでいるような感覚は、幸せで、胸がいっぱいになる。

椎名もちゃんと後ろから音を飛ばしてきてる。
よかった。ちゃんと弾けてる。
ね、本番のこの空気も楽しいでしょう?



譜面が残り少なくなると、曲の盛り上がりと同時に、今度は終わってしまう寂しさも加わり、胸が締め付けられる。

この瞬間は、もう、二度と訪れない。
だから、精一杯、悔いなく、弾ききるしかない。

そして、また、半年後、戻ってこよう。
やっぱりオケはやめられない。






曲が終わり、カーテンコール。
鳴り止まない拍手の中、早瀬先生が、オルガニストに続き、ピアニスト2人を立たせる。
ヴァイオリンの後ろで弾いていた彼女達を振り返り、拍手を送るついでに、椎名の姿を見る。


瞳が潤んでいて、
頬は紅潮し、
興奮した面持ち。

充実し、達成感に満ちたその表情を見て、

あぁ、よかった、と、心底ほっとして、

……不覚にも、

……ジンときた。





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