愛と音の花束を
さて、と。
ヴァイオリンパートの人がいないかとロビーを見回すと。

あ、早瀬先生の旦那様。
目立つ容姿なので、すぐに分かった。
初老の紳士と話しながら階段を上ってくる。

彼らがこちらを見たので、会釈する。

……と、彼らがこちらに向かってきた。

何だろう。わざわざご挨拶してくれるんだろうか?
内心ドキドキしていると、

「椎名君」とお連れの初老の紳士から声がかかった。

ロマンスグレーという表現がぴったりの、渋く、優しそうなおじさま。

「先生……」

椎名がつぶやいた。

隣に立つ彼を見上げると、少し困った顔で硬直している。

「大丈夫。行っておいで」

私は椎名の手から紙袋を取った。

「……あ、ごめん」

椎名は、“先生”と呼んだ男性と、壁際に向かった。

「楽しい演奏会でした」

と、早瀬先生の旦那様。

「ご来場ありがとうございました。早瀬先生にはお世話になりました」

「次回も楽しみにしています」

社交辞令でもうれしい。
お上品な微笑みを残し、旦那様は出口へ向かっていった。
< 125 / 340 >

この作品をシェア

pagetop