愛と音の花束を
「えっと掃除してないからまた今度で」
とか言いながら引き戸を閉め、ガードする三神君。

……焦っている。

レア。
超レア。

「早瀬先生、もう来てますよ」

と彼が先になって歩き出すと、防音室のピアノから曲が奏でられ始めた。

エリック・サティ作曲『ジュ・トゥ・ヴ』。
和訳すると『君が欲しい』という、あの曲だ。

少し早めのテンポで、軽やかに、甘く。

うわぁ、素敵!

小さな頃からピアノを始めたというから、さすがの腕前!

ところが、三神君は舌打ちをし(レア!)、防音室のドアをバン、と開けた(これまたレア!)。

「ニヤけながらその曲弾くのやめろよ」
(しつこいけど、この乱暴な口調もレア!)

「これがニヤけずにいられる? あの時のあなたの顔! まさにこの曲がぴったり!」

アップライトピアノを弾く手を止めずに笑って答える早瀬先生。

違う。玄関で感じた香り、彼女の香水じゃない。

ということは。


「三神君、彼女、泊まってたんですね」


「‼︎⁉︎」

驚きに目を見開く三神君。

うわぁ、図星!

早瀬先生は弾きながら爆笑するという器用さを発揮。

「な……」

「女の勘は鋭いのよ〜」
と、私の代わりに早瀬先生が答える。

「なお、まだ彼女じゃないです」
と、平静を装いつつ、三神君が私に向かって言う。

「まだってどんだけ自信あるのよ」
と、脇から早瀬先生。

「うっさい」

「っていうか彼女じゃないのに泊めるんだ〜」

「もー……ほんとヤダ」

三神君は部屋を出て行ってしまった。
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