愛と音の花束を
とはいえ、痛みは思っていたより長く続いている。
激痛ではないけれど、じわじわ痛みが続くのは、なんとも不愉快。

水曜日夜、鎮痛薬を飲んで誤魔化しつつ、オケの練習。
ところが終わる頃には薬が切れて、集中力を保つのがつらいくらいだった。


練習後、痛む奥歯をギリギリさせながら、急いで帰る準備をして部屋を出ようとする。
早く薬が飲みたい。

「結花ちゃん、ちょっといいかな?」

椎名だ。

よくない。早く帰りたい。

「ごめん、今度じゃダメ?」

「うん。大事なことだから今がいい。ちょっと小部屋にいいかな? すぐ済むと思うから」

一体何だ。




誰もいない小部屋で、椎名は楽器ケースと荷物を机に置いて、私の目の前に立った。

私は視線の高さにある彼の胸元を見つめる。

「結花ちゃん」

真剣な声と雰囲気。

まさか。

その……、告白とか、されるのか。

落ち着け自分。ドキドキするとかおかしいから。

「何」

照れと痛みが相まって、つっけんどんに答えてしまう。

彼は気にした様子もなく、さらっと言った。



–––––––「歯が痛いでしょ」




……アホか私は。

告白とか、穴があったら入りたい。




「図星だね。いつから?」

「……先週」

「ずっと我慢してたの?」

「歯医者に行く暇ないし、そのうち治ると思って……」

「ところが治らない、と。もう潮時でしょ。諦めて俺のとこおいで。残念ながら明日木曜日は休診日だから、明後日、金曜日朝一で予約とろうか?」

「……朝は無理。店抜けられない」

「じゃあ夜。最後の7時になっちゃうけど」

「病院7時までじゃないの?」

「診療時間外だけど急患には対応します。余計な料金はとらないからご安心を」

彼は私の目の前に、病院の名刺を差し出した。

受け取りながら、諦めと安堵と不安と期待が入り混じったような妙な気持ちになり、心の中でため息をつく。

「初回は問診票に記入してもらうので、10分前にはお越し下さい。それまでお大事に」

その優しい声は、私の気持ちの混乱ぶりに追い討ちをかけた。

ほんとに……勘弁。
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